琉球大学医学部福島卓也教授らと日本電気株式会社(NEC)との共同研究チームによる研究成果が、血液学の学術雑誌「Blood Advances」誌に掲載されました。
<発表のポイント>
◆沖縄HTLV-1/ATLバイオバンク試料を用いて血漿タンパク質の網羅的発現解析を行い、HTLV-1キャリアとATL患者との間で比較検討し、ATL患者において可溶性腫瘍壊死因子レセプター2(可溶性TNFR2)が著明に上昇していることを見出した。
◆これまでATL患者で上昇する血漿タンパク質がいくつか見出されているが、より鋭敏かつ正確にATLの発症を診断する血漿タンパク質を発見した。
◆HTLV-1キャリアからATL発症の早期診断法の開発は、ATLの治療成績向上に向けて重要である。また治療反応性を鋭敏に示す可能性もあり、今後予後予測のマーカーとなるか検討する。
<発表概要>
成人T細胞白血病(ATL)は、ヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-1)を原因とする血液のがんの一種です。HTLV-1キャリア(注1)は世界の中でも日本に、そして日本の中でも九州・沖縄に最も多く存在しており、ATLもこれらの地域に一致して発症しています。HTLV-1の感染経路は、主に母乳を介しての母児間の垂直感染と、性交による水平感染です。2008年度〜2010年度の厚生労働省科学研究班の全国調査により、全国のキャリア数が約108万人と推定され、関東地方と近畿地方の大都市圏での増加が示されています。HTLV-1キャリアが生涯にATLを発症する割合は約5%で、大多数のキャリアは病気を発症することはありません。しかしながらATLを発症すると治癒は極めて困難で、中でも急性型、リンパ腫型の高悪性度タイプは生存期間中央値が8-10ヵ月と極めて予後不良です。ATLの早期発見と治療成績向上を目指して、HTLV-1キャリアにおけるATLの発症危険因子を探索するための研究が行われ、高HTLV-1プロウイルス(注2)量などが示されていますが、明確に発症を予測する因子は分かっておりません。またATLで上昇する血漿タンパク質としてLDH(乳酸脱水素酵素)(注3)、可溶性インターロイキン2受容体(注4)が知られておりますが、ATLで特異的に上昇するわけではなく、またキャリアからATLの発症を予測する因子としての有用性は高くありません。
沖縄県はHTLV-1キャリア割合が高く、ATL発症の多い地域です。沖縄県の中核病院を結ぶ沖縄HTLV-1/ATL研究ネットワークの調査で、高悪性度タイプのATLは沖縄県内で年間約70例が発症していることが明らかになりました。琉球大学医学部の福島卓也教授らと日本電気株式会社(NEC)との共同研究チームは、ATLの早期診断をもたらす新規バイオマーカー(注5)の同定を目的として、沖縄HTLV-1/ATLバイオバンク(注6)の血漿検体と米国SomaLogic社が提供するタンパク質解析プラットフォームSOMAscanを用いたプロテオーム解析(注7)を行いました。プロテオーム解析では、HTLV-1キャリア群、ATL患者群の各40検体について、1305種類のタンパク質について比較解析し、その結果333種類のタンパク質で両群間に著明な差を認めました。その中で特に差の大きいタンパク質に注目し、ELISA法(注8)を用いた検証実験を行ったところ、可溶性腫瘍壊死因子レセプター2(soluble tumor necrosis factor receptor 2, 可溶性TNFR2)がHTLV-1キャリアでは正常値であるのに対して、ATL患者、特に急性型において著明に上昇していることが判明しました。
腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor: TNF)はサイトカイン(注9)で、その一種のTNF-αは固形がんに壊死を生じさせるサイトカインとして発見され、炎症や細胞死の誘導、腫瘍発生など多様な生理作用を有していることが知られています。TNFR2はTNF-αの受容体の一つで、いくつかの腫瘍で増殖に働きます。可溶性TNFR2は、TNFR2が細胞表面から離脱し血中に流れ出たものです。本研究ではまた、ATL細胞表面のTNFR2高発現も確認されております。これまでにATLで血漿中の可溶性TNFR2が上昇しているという報告はなく、可溶性TNFR2はATL診断の新規バイオマーカーとして期待されます。今後は可溶性TNFR2の上昇がATLの発症予測、早期診断、予後予測因子となるか、臨床的意義を探索する必要があります。またTNFR2が細胞表面から離脱する機序の解明も重要な課題です。その機序の解明がATLの診断のみならず、新規治療法の開発にも繋がると考えられます。
<用語解説>
注1.キャリア:伝染性病原体の保因者で発病していないが感染力を持つ者
注2.プロウイルス:HTLV-1はRNAウイルス。そのウイルスRNAが細胞内でDNAに変換され、宿主細胞の染色体DNAに組み込まれる。この組み込まれたウイルス遺伝子のこと。
注3.LDH(乳酸脱水素酵素):ブドウ糖がエネルギーに変わる時に働く酵素のひとつ。肝臓、心筋、骨格筋、血球に多く認める。
注4.可溶性インターロイキン2受容体:インターロイキン2はT細胞、B細胞、NK細胞などの細胞表面に存在するインターロイキン2受容体と結合し、細胞を分化・増殖させる。細胞から遊離したインターロイキン2α鎖のこと。
注5.バイオマーカー:血液や尿などの体液や組織に含まれる、タンパク質や遺伝子などの生体内の物質で、病気の変化や治療に対する反応に相関し、指標となるもの。
注6.沖縄HTLV-1/ATLバイオバンク:沖縄県内のHTLV-1キャリアおよびATL患者から得た生体試料とそれに附随する情報のコレクション
注7.プロテオーム解析:タンパク質の大規模な研究のこと。
注8.ELISA法:溶液中に含まれる特定のタンパク質を特異抗体あるいは抗原を用いて検出する方法
注9.サイトカイン:細胞から分泌される低分子のタンパク質で、細胞間相互作用に関与し周囲の細胞に影響を与える生理活性物質の総称。
<論文情報>
(1)論文タイトル:
Proteomic profiling of HTLV-1 carriers and ATL patients reveals sTNFR2 as a novel diagnostic biomarker for acute ATL(HTLV-1キャリアとATL患者でプロテオーム解析により急性型ATLの新規診断バイオマーカーとして可溶性TNFR2を同定した)
(2)雑誌名:Blood Advances
(3)著者:
Carmina Louise Hugo Guerrero*, Yoshiko Yamashita*, Megumi Kuba-Miyara, Naoki Imaizumi, Megumi Kato, Shugo Sakihama, Masaki Hayashi, Takashi Miyagi, Kaori Karimata, Junnosuke Uchihara, Kazuiku Ohshiro, Junpei Todoroki, Sawako Nakachi, Satoko Morishima, Kennosuke Karube, Yuetsu Tanaka, Hiroaki Masuzaki, Takuya Fukushima*.
(4)DOI番号:https://doi.org/10.1182/bloodadvances.2019001429
(5)アブストラクトURL:https://ashpublications.org/bloodadvances/article/4/6/1062/452722/Pro