発表概要
国立環境研究所と琉球大学の共同研究チームは、生態調査の記録や生物種の地理分布情報を大規模に集積して統計的にモデル化することにより、日本の自然林に分布する1,200種以上の木本植物の個体数について、全国をカバーする約10 km平方のグリッドごとで推定することに成功しました。木本植物の個体数の地理分布が、これほど広域で網羅的に定量化されたのは初めてです。この成果により、日本固有の高い生物多様性に関する理解が深まるとともに、定量的な地理分布情報に基づく実効性の高い生物多様性保全政策の立案と実行につながることが期待されます。
本研究の成果は、令和2年4月3日付でSpringer Natureから刊行された科学総合誌「Nature Communications」に掲載されました。
背景
地球には、地域ごとに固有の進化を経て生じた多様な生物種が生息しています。これらの生物種はそれぞれ、どこに、どれだけ分布しているのでしょうか?こうした基礎的な問いに答えることは、生物多様性の成り立ちを理解する上でも、その保全を計画する上でも、非常に重要です。しかし、様々な生物種の個体数を計測するためには多くの労力と高度な分類学的知識が必要なため、個体数の調査は比較的少数の生物種を対象に、狭い範囲で行われることが一般的です。そのため、個体数の定量的な知見が、生態系を構成する様々な生物種について(網羅的に)、広い範囲で(広域的に)得られたことはほとんどありません。
内容
私たちの社会には、様々な場所で行われた生態調査の記録や、博物館(標本)記録などによる生物種の地理分布情報が大量に蓄積されています。私たちは、これらを集積した「生物多様性ビッグデータ」とデータ科学的な手法を活用すれば、生物種の個体数を網羅的かつ広域的に解明できるのではないかと考えました。そこで、私たちはまず、多数の生物種の地理分布と野外調査による生物種の検出過程を組み込んだ統計モデルを構築し、生物多様性ビッグデータに基づいて生物種ごとの個体数を広域で評価することを可能にしました。次に、構築したモデルを日本国内の多数の植生調査データと植物地理分布データに適用し、自然林における木本種の個体数を求めました。その結果、日本に分布する木本種の大部分にあたる1,200種以上の個体数について、全国をカバーする約10 km平方のグリッドごとに推定することに成功しました。推定の結果から、日本国内の自然林には木本全種を合わせて約210億本が分布しており、生物種ごとの個体数は、最も多い種では数億本から、最も少ない種では数百本まで、6桁にも及ぶ変動があることが分かりました(※1)。また、得られた推定値を用いて、木本植物の種多様性と個体数を表す地図を作成しました(図1)。本研究により、個体数に基づく種の多様度を広域で評価できるようになっただけでなく(図1右上)、木本植物の個々の種について、その個体数を地図化できるようになりました(図1下段)。
右上:多様度指数とは、地域に生息する種の数と、その個体数の均等度に基づいて表される種の多様度のこと。
下段:例として、落葉広葉樹のブナ、常緑広葉樹のヒサカキ、常緑針葉樹のツガの3種の個体数の地理分布を示した。
さらに私たちは、得られた個体数の推定値に基づき、木本植物の種多様性の進化的背景と保全に関する2つの追加解析を行いました。
1つ目は国内の地域ごとの種分化率の推定です。成り立ちの異なる大小様々な島嶼からなる日本は、地史的な時間スケールで互いに隔離された歴史を反映して、生物相の異なるいくつかの地域に分けられます。これらの地域の間で種の多様化の過程がどのように異なっていたのかは興味深い問題です。一方、生態学の重要な理論の1つである統一中立理論(※2)によれば、ある地域に生息する生物種それぞれの個体数が分かれば、種の多様性の源である種分化の主な様式や速度(種分化率)を推測できると考えられています。そこで私たちは、この理論に基づき、推定された木本種の個体数から4つの地域で種分化率の値を求めました。その結果、日本の北部(北海道)や中央部(本州・四国・九州)に比べて、地理的に隔離された島嶼部(南西諸島と小笠原諸島)では種分化率が高いことが分かりました。南西諸島や小笠原諸島では生物種の期待寿命(種が分化して生まれてから絶滅するまでの平均時間)も比較的短く推定されたことから、歴史的に種の入れ替わり(種分化と絶滅)が盛んに生じる地域であったと考えられます。
2つ目は国内レッドリストの評価です。環境省が定める維管束植物のレッドリストでは、絶滅リスクの評価に基づき、国際自然保護連合(IUCN)が作成するレッドリストに準拠して生物種や地域個体群の危機カテゴリが定められています。私たちは、推定された各種の総個体数と分布面積が環境省のレッドリストカテゴリとどう関連するのかを調べました。その結果、危機ランクの高い生物種ほど推定された個体数は少なく、分布面積も小さい傾向にあり、レッドリストのカテゴリ分けは生物種の集団の小ささや分布範囲の狭さ(希少性)を良く反映していました(図2)。一方で、レッドリストに掲載されていない一部の種では、その個体数や分布面積が危機ランクの高い種と同程度の水準にあると推定されました。
今後の展望
生物種の個体数の地理分布は、生物多様性の様々な要素の中でも、調べることが最も難しいものの1つでした。私たちは、この問題を生物多様性ビッグデータと統計モデリングを駆使したアプローチで解決できることを示しました。木本植物の個体数が、これほどの広域で、網羅的に定量化された例は他にありません。基礎的な生態調査や分布記録が膨大に蓄積されていたからこそ、このような大規模かつ詳細な多様性評価が可能となりました。また、収集に多くの費用や労力を要する個体計数データを用いることなく、広域の個体数を定量できる手法を開発した点も画期的な成果です。本研究で得られた個体数の地図は、琉球大学理学部と株式会社シンクネイチャー(ThinkNature Inc.)が共同開発したウェブシステム「日本の生物多様性地図化プロジェクト(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)」にて閲覧できるようになる予定です。木本植物の詳細な地理分布情報を提供する本研究の成果は、生物種の分布や多様性、生態系の機能などに関する広範な学術研究の基盤となることが期待できます。また、個体数の地理分布に関する定量的な証拠は、保全優先地域や保護区ネットワークの設計など、生物多様性保全のための政策の立案と実行にもつながると考えられます。
注釈
※1:この研究では、植生調査で記録され得る大きさの植物体を個体と定義しています。
※2:野外で観察される種多様性の様々なパターンを、個体の出生・死亡・移出入などの集団動態、種分化や絶滅などの進化動態、および系の観測(標本抽出)の結果として統一的に説明する理論。
研究助成
本研究は、(独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費(4-1501/4-1802)」、(独)日本学術振興会「科学研究費助成事業(15H04424)」および「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」の支援を受けて実施されました。
発表論文
【タイトル】
Integrating multiple sources of ecological data to unveil macroscale species abundance
【著者】
Keiichi Fukaya, Buntarou Kusumoto, Takayuki Shiono, Junichi Fujinuma, Yasuhiro Kubota
【雑誌】 Nature Communications
【DOI】 10.1038/s41467-020-15407-5
【URL】 https://www.nature.com/articles/s41467-020-15407-5