<発表概要>
背景:基礎科学の価値そして社会的な意義
地球上には、生物の種数が豊かな地域、すなわち生物多様性ホットスポットがあります。陸や海の様々な生物分類群に共通して、生物種数は熱帯で豊富で、高緯度にいくにつれて貧弱になる“生物多様性の緯度勾配”と呼ばれるパターンがあります。このような生物多様性パターンの起源と維持に関するメカニズムの解明は、ダーウイン以来の進化生態学の最も重要なテーマです。近年、気候変動による地球温暖化の進行が、生物多様性ホットスポットに及ぼす影響が懸念されています。したがって、気候変動適応や生物多様性保全といった社会的観点からも、生物多様性パターンの将来を予測することが緊急の課題になっています。
内容:研究対象の生態系と生物について
海洋(漂泳区)は地球表面の大部分を覆う、地球上最大のバイオームです。海洋生態系の基盤には酸素や有機物を生産する植物プランクトン、それを捕食する動物プランクトン、さらに食物連鎖の上位には魚類や哺乳類などの捕食者がそれぞれ位置しており、人間にとっての生物資源(水産物)の供給源にもなっています。海洋生態系の生物多様性は、気候変動による脅威にさらされており、人間社会への影響も懸念されています。このような観点から、本研究は海の原生動物である浮遊性の有孔虫(写真1、2)に焦点を当てて、海の生物多様性の歴史を分析し、将来の生物多様性がどのように変化するのかを予測しました。
地球の気候は、約2万年前の最終氷期の後、徐々に暖かくなり、自然の温暖化が徐々に進行していました。図1の世界地図(AとB)には、最終氷期から産業化以前1800年代にかけての海水温の分布が示されています。赤道付近の水温が温暖化する様子(赤色が濃くなっていること)がわかります。さらに、人間の産業活動によって、人為影響による地球温暖化が進行しています。図1の世界地図Cを見ると、100年後の未来の海水温は世界規模で上昇し、特に赤道付近の熱帯で海水温が急速に高温化すること(赤色がとても濃くなっていること)が予測されています。
そこで、本研究チームは、地球上に分布している浮遊性有孔虫(約40種)の化石記録をマッピングして、2万年前~現代までの有孔虫種数の世界的な分布変化を調べました。これにより、赤道付近熱帯の暖かい海から、高緯度の寒冷な海まで、有孔虫の種数(生物多様性)を地図化しました。そして、2万年前(最終氷期)から1800年代(産業化以前)の“自然の気候温暖化”が進行する時代における、有孔虫の種数(生物多様性)の緯度勾配パターンを分析しました。そして、海水温データを用いて、有孔虫の種数を説明する統計モデルを構築して、赤道(熱帯)から高緯度の極にかけて、有孔虫の種数が100年後の未来にどのように変化するのかを予測しました。
有孔虫の化石記録から有孔虫種数を世界地図にマッピングすると、最終氷期の約2万年前から1800年代(産業化以前)にかけての生物多様性のパターンを把握できます(図2)。最終氷期においては、有孔虫の種数が豊かなホットスポットは赤道付近の熱帯で、海の生物多様性には明瞭な緯度勾配があります。グラフのAからBにかけては、最終氷期の後から1800年代以前までに相当し、 “氷期後の自然の気候温暖化”にともなって赤道域の種数の落ち込みが徐々に進行していることが理解できます。このような浮遊性有孔虫の種数の変化は、自然の温暖化によって引き起こされる種の分布の変化が原因です。
ところが、人間の産業活動による“人為的な地球温暖化”が加速すると、100年後の未来にかけて(グラフのBからCにかけて)種の分布が急激に変化して、赤道域の種数の落ち込み、すなわち熱帯の生物多様性の衰退が急速に進行することがわかります。
本研究で明らかになった「地球温暖化と熱帯の生物多様性の減少の間の明確な関連性」は、人間社会が今まで通りの産業活動を継続して二酸化炭素を排出し温暖化が進行した場合、赤道における海洋の生物多様性が、今世紀末までに人類の歴史において前例のないレベルにまで、劣化する可能性があることを意味しています。
今後の展望
久保田教授と香港大学の安原准教授の研究チームは、古生物学・生物地理学・マクロ生態学の概念と方法論を統合して、サンゴ礁などの海洋生態系から陸上の森林生態系まで、陸海の生物多様性を対象にした分析を行なっています。一連の研究は、世界中の国・地域の研究者による国際共同プロジェクトとして実施されており、国際ワークショップなどを通じて推進されています。生物多様性の起源と維持に関する基礎研究を元にして、気候変動に適応した海洋生物多様性の保全計画など、社会的貢献まで含めた研究の発展が期待されています。
研究助成
研究は、日本学術振興会(JSPS)の「国際的な活躍が期待できる研究者の育成事業」、および、科学研究費補助金の基盤研究(A)「太平洋イシサンゴ類の保全生物地理学:系統分類バイアスを考慮した群集形成機構の解明」などの支援を受けて実施されました。
発表論文
【タイトル】Past and future decline of tropical pelagic biodiversity.
【著者】Moriaki Yasuhara, Chih-Lin Wei, Michal Kucera, Mark J. Costello, Derek P. Tittensor, Wolfgang Kiessling, Timothy C. Bonebrake, Clay Tabor, Ran Feng, Andrés Baselga, Kerstin Kretschmer, Buntarou Kusumoto, and Yasuhiro Kubota
【雑誌】Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America.
【DOI】doi/10.1073/pnas.1916923117
【URL】www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1916923117