琉球大学理工学研究科博士後期課程2年の小林大純と琉球大学熱帯生物圏研究センターの山平寿智教授らの研究チームによる研究成果が、アメリカの学術雑誌「Copeia」誌に掲載されました。
<発表のポイント>
◆サヨリ型魚類(サヨリやコモチサヨリの仲間)は長く突き出した特徴的な下顎をもつが、下顎が完全に退化した新種のコモチサヨリをインドネシアから発見、記載した。
◆成長段階を通じて下顎が全く伸びないサヨリ型魚類の発見は世界初である。
◆下顎の長い普通種との比較によって、サヨリ型魚類の顎が長い理由が今後明らかになるかもしれない。
<発表概要>
寿司ネタとしても知られるサヨリの仲間(サヨリ科)や卵ではなく仔魚を直接産むことで有名なコモチサヨリの仲間(コモチサヨリ科)は、下顎だけが長く伸びる特徴的な形をしています(注1)。琉球大学理工学研究科の大学院生の小林大純さん、熱帯生物圏研究センターの山平寿智教授、およびインドネシアのサムラトゥランギ大学のKawilarang W. A. Masengi教授らの共同研究チームは、スラウェシ島中部のチェレカン川から、下顎の嘴が完全に退化したコモチサヨリの仲間を発見し、新種として記載しました。
この新種は、オスの生殖器の形態や歯の並び方の特徴などから、コモチサヨリ科のノモランファス属というグループに属することがわかりました。また、生まれたての稚魚から大型の成魚まで下顎の長い個体が1個体も採集されなかったことから、この新種は、一生を通じて一切下顎が伸びない種であることもわかりました。このように下顎を完全に退化させたサヨリ型魚類の発見は世界初であり、この新種をノモランファス・エニグマ(謎のノモランファス)と名付けました。
そもそも、コモチサヨリ科やサヨリ科の長い下顎にどのような意味があるかは、今日に至るまで明らかになっていません。その理由の一つに、比較対象となる「完全に下顎が伸びない」サヨリがこれまでに見つかっていなかったことが挙げられます。今回のノモランファス・エニグマの発見は、サヨリの下顎の意味や起源を調べる突破口となる可能性を秘めています。今後は、下顎の長い近縁種と発生や遺伝子を比較していくことで、サヨリの長い顎の秘密を明らかにできるかもしれません。
コモチサヨリとは?
コモチサヨリ科は、メダカやサヨリ、トビウオ、サンマと同じダツ目のグループで、世界で約60種、日本では1種(コモチサヨリ)が知られています。コモチサヨリ科は熱帯のマングローブ域や河川に生息しており、中でもノモランファス属は河川や湖に適応したグループです。特に、インドネシアのスラウェシ島ではノモランファス属が非常に多様化しており、河川や湖から20種以上の固有種が知られています。また、雌が卵ではなく子供を産む胎生魚であり、コモチサヨリという名前はそれに由来します。
今回発見されたコモチサヨリについて
今回新種記載されたノモランファス・エニグマ(Nomorhamphus aenigma)は、琉球大学熱帯生物圏研究センターとインドネシアのサムラトゥランギ大学が中心となったスラウェシ島の淡水魚類調査の過程で発見・採集されました。採集後、これまでの調査で収集した他種の標本や世界中の博物館コレクションを精査した結果、ノモランファス属の未記載種であることが確認されました。本種が含まれるノモランファス属には、従来20種が知られていましたが、ノモランファス・エニグマは、下顎が一切伸びないことだけでなく、雄の生殖器の形状や脊椎骨数、鰭の軟条数の違いから同属のいずれの種とも区別できることが明らかとなりました。
また、生殖器の形状や婚姻色の特徴から、本種は、近隣の古代湖(マリリ湖群)に生息する長い下顎を持つ種に近縁であることもわかりました。これは、本種はもともと長い下顎をもった祖先種から進化し、その過程で下顎を退化させたことを示唆しています。海産のサヨリ科の仲間にも”嘴なし種”が4種知られていますが、これらの種の多くは幼魚の間は長い下顎を持ち、成魚になると下顎が脱落することが確認されています(注2)。一方ノモランファス・エニグマは、生まれた直後から成魚に至るまで下顎が一切伸びない、完全に嘴が退化した種であることがわかりました。
今回発表された論文では、この新種のコモチサヨリに対し、「ノモランファス・エニグマ」の学名を提唱しました。種小名の「エニグマ」は、古代ギリシャ語で「謎かけ」という意味であり、本種の発見によって「”サヨリ”の顎はなぜ長い?」という謎が改めて提起されたことにちなみます。
今回の発見の意義
今回、コモチサヨリ科で初めて「下顎の退化した」種が見つかったことは、これまで海産のサヨリやサンマの仲間の一部の種(注3)でのみ知られていた顎の消失が、より普遍的な現象であることの重要な証拠となります。また、全ての成長段階で下顎が伸長しない、完全に下顎を退化させたサヨリ型魚類はこれまでに例がなく、下顎の進化や適応を考える上で興味深い発見であると言えます。今後、下顎の長い近縁種と生態や遺伝子を詳しく比べることで、「なぜ”サヨリ”の下顎は長いのか」という謎が解き明かされることが期待されます。
研究者から一言
進化論の誕生に寄与したアルフレッド・ウォレスがスラウェシ島を旅してから100年以上が経過し、これまでにもこの島から様々な進化学的に重要な発見がなされてきましたが、まだこんなぶっ飛んだ生き物を隠していたのかと驚いています。本種を見つけたのは、国際合同チームで船を押しながらジャングルの川を遡っている最中で、最初に網に入った個体を見たときは、あまりに冗談みたいな風貌から、その場でただ笑っていました。こういう発見があるから、野外調査はやめられません。これからもさらなる探検と研究を進めることで、自然からの“謎かけ”に耳を傾けていきたいと思います。
<補足情報>
(注1)サヨリ科とコモチサヨリ科はダツ目というグループに属します。ダツ目に属する種は、顎の発生過程から、①上下の顎が伸びるグループ(ダツ科)、②下顎だけ伸びるグループ(サヨリ型魚類:サヨリ科およびコモチサヨリ科)、そして③上顎も下顎も伸びないグループ(メダカ科およびトビウオ科など)の大きく3つのグループに分かれることが知られています。また、分子系統解析から、サヨリ科とコモチサヨリ科はいずれも“サヨリ”と呼ばれるものの系統的には離れたグループで、それぞれトビウオ科とダツ科に近縁であるとされています。
(注2)長い下顎をもたないサヨリ科4種うち、日本に生息するサヨリトビウオを含む3種は仔魚期に下顎が伸長することが確認されています。残りの1種Melapedalion breve (Seale 1910) については、現在まで限られた数の成魚の標本しか見つかっておらず仔魚期の形態が未解明なため、生涯下顎が伸びないか否かについては現時点では不明です。
(注3)サンマの仲間(サンマ属)はダツ科に分類され、大西洋に生息するハシナガサンマはダツのように上下の顎が伸長することが知られています。このことから、我々がよく知る太平洋のサンマは、その進化の過程で上下の顎を消失したと考えられています。
<論文情報>
(1)論文タイトル:A New “beakless” Halfbeak of the Genus Nomorhamphus from Sulawesi
(和訳:スラウェシ島から得られた “嘴のない” Nomorhamphus属のサヨリについて)
(2)雑誌名:Copeia
(3)著者:Hirozumi Kobayashi*、 Kawilarang K.W.A. Masengi、 Kazunori Yamahira
(4)DOI番号:10.1643/CI-19-313
(5)アブストラクトURL:https://doi.org/10.1643/CI-19-313
<提供可能資料>
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