南太平洋の島国であるソロモン諸島は,熱帯低気圧などの大気現象により,しばしば被害を受けてきました。このたび,当該国の気象災害の軽減を目的とする新たな天気予報システムの運用が始まり,その構築に貢献した琉球大学理学部の伊藤耕介准教授らに対してソロモン諸島気象局から感謝状が送られました。 |
ソロモン諸島は,百あまりの島々からなる人口約65万人の南太平洋の国で,首都はガダルカナル島・ホニアラです。気候区分としては熱帯に位置し,海面水温も比較的高いことから,11月から4月にかけて,しばしば熱帯低気圧が発生します。多くの人々は現在でも島と島のあいだを木製のボートで行き来しており,社会的なインフラも十分には整っていないため,しばしば顕著な大気現象に伴う災害が発生します。今年の4月にもサイクロンHaroldによって,多くの人が家を失い,27名の方が亡くなりました(図1)。
効果的な防災・減災を実現するためには,その基礎となる天気予報の精度を高めることが欠かせません。ソロモン諸島で気象情報を提供する立場にあるソロモン諸島気象局では,これまで,日本・ヨーロッパ・アメリカ・オーストラリアなどが提供する天気予報システムの結果を監視し有効に活用してきましたが,これらの天気予報システムは地球全体の大気の流れや降水量を再現することを主な目的としたものであり,ソロモン諸島の天気予報,とりわけ,極端な大気現象の予報に特化したものではありませんでした。
そこで,ソロモン諸島気象局から琉球大学理工学研究科の修士課程に留学したEdward Maru予報官(現:予報課長)は,琉球大学理学部の伊藤耕介准教授の指導の下,大学院生の柴田大河氏とともに,当該国に特化した高解像度天気予報システム(以下,本システム)の開発に着手しました。ベースとしたのは,気象庁の非静力学大気モデルJMA-NHMで,対象となる領域の極端な大気現象の予測を行うのに優れたシステムです。気象庁から与えられた許可をもとに,Edward Maru氏の留学中(2016年10月-2018年9月)から帰任後(2018年10月-)にいたるまで,計算領域の設定・最適化,予測計算,結果の可視化を行うシステムの開発とテストを重ねてきました。また,2020年7月1日には,琉球大学は,計算サーバーのひとつをソロモン諸島気象局に対して無償譲渡し,ソロモン諸島気象局が天気予報を実行できる環境を整えました。その後,日々の安定的な運用に向けて必要な最終調整を行い, 2020年8月4日から,ソロモン諸島気象局は,正式に本システムの運用を開始することになりました(図2)。
本システムは1日1回,3日先までの地上風速・風向・雨量の予報を行うもので,ソロモン諸島気象局の予報官が,一般国民向けの天気予報・海上予報・航空気象情報を作成する場合や顕著な大気現象に伴う被害軽減策を講じる場合の参考情報として用います。テスト運用からこれまでの予報結果について,現場からも,本システムの予報は現実の観測値とも良く対応しており,十分に役に立っているとの報告を得ています(図3)。
2020年8月7日付で,本システムの構築における伊藤耕介准教授らの貢献に対し,ソロモン諸島気象局のDavid Hiriasia局長から感謝状が送られました(図4)。感謝状では本システムの構築に関わった柴田大河氏のほか,理学部長・事務スタッフに対しても謝意が述べられています。琉球大学では,今後もソロモン諸島気象局と緊密に連携し,更なるシステムの性能向上と安定的な運用に関する助言を行い,当該国の防災・減災に貢献したいと考えております。
謝辞
本プロジェクトは,高度統合型熱帯海洋科学技術イノベーション創出研究拠点形成事業(ORCHIDS),および,琉球大学研究プロジェクト「大気-海洋-生態系結合モデルを核とした総合的台風研究プロジェクト」の支援を受けています。琉球大学における本システムの開発は,気象庁から琉球大学伊藤耕介研究室に対して与えられている非静力学大気モデルJMA-NHMの貸与許可に基づいています。Edward Maru氏の琉球大学への留学については,国際協力機構(JICA)の太平洋島嶼国リーダー教育支援プログラムの支援を受けました。