琉球大学大学院医学研究科 感染症・呼吸器・消化器内科学講座 金城武士助教、同臨床薬理学講座 植田真一郎教授、琉球大学病院臨床研究教育管理センター 池原由美助教を中心とする研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化を防ぐ薬の開発を行うこととなりました。すでに薬事承認をされた薬剤の、COVID-19に対する適応症を広げることを目的としたこの医師主導治験は、横浜市立大学大学院データサイエンス研究科長 山中竹春教授などとの共同研究で行います。
COVID-19の治療は、抗ウイルス薬と抗炎症薬の併用によって行われます。酸素投与が必要(中等症Ⅱ)または人工呼吸器での管理が必要(重症)の場合には、抗ウイルス薬であるレムデシビルと、抗炎症薬のデキサメタゾンが薬事承認されていますが、重症化するリスク因子を持っている軽症者や、肺炎はあるが酸素投与は必要ではない中等症Ⅰの患者さんの治療薬はまだ承認されたものがありません。抗ウイルス薬のファビピラビルの承認申請が10月に行われ、現在結果が待たれていますが、抗炎症薬ではまだ薬剤がない現状があります。今回の治験は、この空白となっている軽症から中等症Ⅰに対する抗炎症薬として、痛風治療薬であるコルヒチンの有用性を確認するもので、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の研究開発課題として実施されます。
■研究の実施体制
研究代表者:
琉球大学 大学院医学研究科
感染症・呼吸器・消化器内科学講座 助教 金城武士
開発分担者:
琉球大学 大学院医学研究科 臨床薬理学講座 教授 植田真一郎
琉球大学病院 臨床研究教育管理センター 特命助教 池原由美
横浜市立大学 大学院データサイエンス研究科長 教授 山中竹春
神奈川県立循環器呼吸器病センター 副院長 小倉高志
医療法人社団DEN 理事長 宮田俊男
■期待される研究成果
この治験でコルヒチンの有効性が確認できた場合、さらに多くの患者さんのご協力をいただき、より規模の大きな試験で有効性を確認し、COVID-19後の血栓症予防効果を検証する試験を実施する予定です。これらの研究結果や、外国で実施されているコルヒチンのCOVID-19に対する臨床試験の結果から、コルヒチンがCOVID-19の治療薬として承認されると、医療機関、医療者の負担を減らし、患者さんの予後を改善することが可能になります。
■研究の背景
コルヒチンはイヌサフランに含まれるアルカロイドで、本邦では抗炎症薬として痛風、家族性地中海熱が適応症です。琉球大学では、臨床薬理学講座教授 植田真一郎が、COVID-19でも重症化のリスクが高い糖尿病合併冠動脈疾患患者のコホート研究から、慢性炎症亢進と心血管イベント発生が関連すること、炎症反応の亢進した冠動脈疾患患者でのコルヒチンの内皮機能改善作用を確認しており、2型糖尿病合併冠動脈疾患患者を対象として、2017年から心血管イベントの抑制効果を検証する医師主導治験を実施しています。その中で、コルヒチンの作用機序から今回COVID-19治療薬としての開発構想が生まれました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)重症化の過程では、いわゆる宿主炎症反応期として過度の好中球活性化やサイトカイン増加により血管内皮炎が生じ、微小血管に血栓が形成され、これが致命的な呼吸不全や多臓器不全を引き起こす可能性も示唆されています。コルヒチンは好中球活性化を抑制し、病態のキーとなるサイトカイン生成をNLRP3インフラマソーム形成抑制により低下させ、重症化を防止できる可能性がある。コルヒチンはリスクの高い軽症患者や呼吸不全のない中等症患者への投与により、ウイルス反応期に引き続いて生じる過剰な炎症反応を抑制し、重症化を予防することが期待されます。またCOVID-19により強い炎症が肺や血管に生じた場合、線維化や動脈硬化の進展などで回復後の予後の悪化に繋がる可能性もあり、本邦でも回復後の調査が開始された。実際1918年のスペイン風邪の後、重症の呼吸器感染症後に1年間にわたって心血管リスクが上昇することが観察されています。したがって継続的な抗炎症治療が回復後も必要とされる可能性があり、低用量で抗炎症作用を呈し、免疫抑制作用がなく、長期使用でも重篤な副作用のないコルヒチンはその候補となります。
■研究の内容
入院中の中等症および軽症でも重症化因子を有する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を対象としたコルヒチンの第Ⅱ相、ランダム化、二重盲検、プラセボ対照、多施設共同、 並行群間比較試験を医師主導治験として実施します。
中等症および重症化ハイリスク因子を有する軽症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を対象に、コルヒチン初日1.5mgまたはプラセボ、翌日から 0.5mgまたはプラセボを1日1回4週間経口投与したときの高感度CRPを指標にした炎症反応亢進抑制作用を検討します。
■コルヒチンの他の抗炎症治療と比較した優位性
- 低用量でも抗炎症作用を有し家族性地中海熱患者などで長期投与の安全性も担保されている。
- ステロイドのような易感染性を招かない。
- 抗炎症作用による血管内皮機能の改善や心血管イベントの減少も報告されている。
- 抗炎症による重症化予防の視点からIL-6阻害薬の研究も進められているが、現時点 では効果ははっきりせず、好中球とインフラマソームに作用するコルヒチンは単独のサイトカイン阻害より有効である可能性が高く、かつ安価で安全である。
- デキサメタゾン(ステロイド)は酸素投与を必要としない患者や高齢者ではむしろ予後を悪化させる可能性がある。
- デキサメタゾンと併用、あるいは投与終了後の継続した抗炎症治療として投与が可能である。
- それにより重症化の予防のみならず回復後の継続投与で肺、血管の後遺症のリスクを低減できる可能性がある。
■ スケジュール
治験開始日(予定):2021 年 1 月
治験終了日(予定):2021 年 5 月
【参考】
●医師主導治験
医師が自ら企画・立案して行う、薬事承認を目指した研究。2003年までは製薬企業しか実施できなかったが、薬事法(現在の薬機法)の改正で医師自らが行うことが可能となった。
琉球大学では2010年頃から臨床研究実施体制の基盤整備や人材の配置を行い、2014 年からこのような臨床試験の立案実施を支援する臨床研究教育管理センターを設置、現在プロジェクトマネジャー池原由美(特命助教)により複数の医師主導治験実施を支援している。
●コルヒチン
イヌサフランの種子や球根に含まれる成分で、古くはローマ時代から痛風治療に用い られていた。現在は痛風発作の寛解及び予防と家族性地中海熱の治療薬として承認されている。琉球大学では、コルヒチンの抗炎症作用に着目した臨床薬理学講座教授植 田が、2型糖尿病合併冠動脈疾患患者を対象とした心血管イベント抑制効果を検証する医師主導治験を2017年から実施している。
●AMED:国立研究開発法人 日本医療研究開発機構
https://www.amed.go.jp/index.html
●アルカロイド
植物由来の窒素を含む塩基類の総称。代表的なものはモルヒネやエフェドリンで、鎮痛薬として使用される。
●コホート
特定の要因に暴露した集団と暴露してない集団を追跡する観察研究の手法。
●サイトカイン
ウイルスや細菌感染から生体を防御するために細胞から出される物質。COVID-19では、このサイトカインのうち、IL-6・IL-10、TNF-αなどが注目されている。
●サイトカインストーム
感染症や薬剤投与により過剰に産生され、好中球の活性化や血液凝固機構の活性化、血管拡張を起こすことで、ショックや急性呼吸窮迫症候群(ARDS)や播種性血管内凝固症候群(DIC)などを起こす状態のこと。
●インフラマソーム
炎症の際に産生されるタンパク質複合体。インフラマソームの活性化によりサイトカインが産生される。