琉球大学医学研究科の藤本真悟特命研究員、戦略的研究プロジェクトセンターの鶴井香織特命助教、農学部の辻瑞樹教授らの研究チームによる成果が国際的な学術雑誌「Ecology and Evolution」誌に掲載されました。
<発表のポイント>
◆成果:「雄間の配偶者を巡る競争が同種雌/異種雌を見分ける能力の正確さを様々に進化させる」という予測を行動実験で実証しました。
◆新規性(何が新しいのか):グッピーの雄は、求愛と強制交尾という2種類の繁殖行動を使い分けますが、繁殖行動にかかるコスト(エネルギー・命の危険等)が大きいほど、正確に同種雌/異種雌を区別することを明らかにしました。
◆社会的意義/将来の展望:動物が何故、どのように種を識別するのかを理解することに役立ちます。また「異種への配偶行動」は種が絶滅する原因の1つとも言われており、本研究の成果は生物多様性保全にも貢献します。
<発表概要>
① 研究の背景・先行研究における問題点
配偶相手の誤認は自然界で頻繁に起こる:動物のオスは視覚や嗅覚などを手がかりに同種のメスを配偶相手と判断しますが、異種の個体を配偶相手と誤認することが様々な種で知られます。オスが無分別に見える配偶行動をとる理由の1つに、配偶機会をめぐるオス個体間の競争(注1)が挙げられます。オスは配偶する機会を増やすため、多数のメスに積極的に配偶行動を試みる結果、異種を配偶相手と誤認しやすいという仮説です。この仮説は野生動物の行動観察や数理モデルのシミュレーションで支持されてきましたが、オスが異種を誤認するのは、同種と異種を識別する能力が無いのか、同種と異種を識別できる能力はあるが配偶相手を注意深く選んでないのかは明らかではありません。
強制交尾と求愛の進化:グッピーを含むカダヤシ科魚類のオスは鰭が変形した交尾器(ゴノポディウム)を持ち、胎内受精で繁殖します。特にグッピーのオスは、強制交尾と求愛という2種類の異なる配偶行動を個体が状況に応じて使い分けます。強制交尾では、オスはメスに気付かれないよう背後から近づいて交尾を試みます。求愛では、メスの前でオスは体を”S”の字に曲げるS字ディスプレイを行ないます。
強制交尾ができるだけたくさんのメスと交尾するというオスの利益に基づく戦略ならば、慎重に同種のメスだけを選ぶのではなく、同種のメスか異種のメスか判断が付きづらい場合はとりあえず異種のメスにも見境なく強制交尾を試みると予想できます。
一方で、オスの求愛ディスプレイはメスによる選り好みによって進化する上、オスにとって危険な行為(目立つため捕食者に見つかりやすくなる等)であるため、正確に同種のメスだけに対して行なうと予想されます。つまり、強制交尾と求愛では、配偶相手の選び方の正確さ(慎重さ)が異なると予想されます。グッピーのオスは強制交尾と求愛の両方を行ないます。我々は、2種類の配偶行動を同一の個体が使い分けるグッピーでは、配偶者認識の正確さは行動によって異なるのではないかと予想しました。
グッピーとカダヤシの相互作用:琉球大学の鶴井香織特命助教、辻瑞樹教授らの研究チームはこれまで、沖縄島へ人為的に持ち込まれた外来種、グッピーとカダヤシの種間での相互作用(注2)について研究しており、これら2種間でオスが互いに異種のメスに配偶行動を試みることを報告していました。本研究は琉球大学の藤本真悟特命研究員が中心となり、沖縄島のグッピーとカダヤシに着目して、同種メスと異種メスに対するオスの配偶行動を定量的に評価して、グッピーのオスの配偶者認識の正確さが求愛と強制交尾の行動間で異なるか、検討しました。
② 研究内容(具体的な手法など詳細)
沖縄島内で採集したグッピーとカダヤシを用いて、琉球大学内の水槽下で雌雄や種の組み合わせを変えた2種類の行動実験を繰り返して行いました。
実験1: オスによる同種/異種メスへの接近時間の評価
まず、グッピーとカダヤシのオスに同種メスと異種メスの両方を透明な別容器に入れて提示してメスへの接近時間(興味を持っているかどうかの指標)を評価しました。すると、どちらの種のオスも同種と異種のメスへ、同じように接近することが分かりました(図1)。
(オスを入れた水槽を、グッピーのメスに近い区間、カダヤシのメスに近い区間、両方のメスから離れた区間(選考区間外)の3つに区分して、それぞれの領域でのオスの滞在時間を調べた)
実験2: オスの同種/異種メスへの配偶行動の観察
次に、同種または異種の雌雄をペアにしてオスの配偶行動を観察したところ、グッピーのオスもカダヤシのオスも、同種のメスだけでなく異種のメスに対し、すべての種類の配偶行動(図2の解説を参照)を行いました(図2)。以上のことから、グッピーもカダヤシもオスの種認識が完全ではなく異種メスを配偶相手と誤認することが分かりました。
しかし、配偶行動の種類別の頻度を比較すると、概ね、どちらの種のオスも同種のメスを相手にした時には、異種のメスを相手にした時よりも単位時間あたり多くの配偶行動を示す傾向がありました(図2, Aのカダヤシ♂, およびB-E)。これらの配偶行動では、同種メスを(不完全ながらも)配偶相手と正しく認識できることが分かりました。しかし、グッピーのオスが行う強制交尾だけはこれらの行動と異なり、同種のメスより異種のメスに頻繁に行われました(図2, Aのグッピー♂)。つまりグッピーのオスは強制交尾を行うとき配偶者認識が不正確になることを示唆します。
A.交尾の試み、B. 交尾器の立位、C. 追いかけ、D. S字ディスプレイ、E. 突進。(S字ディスプレイはグッピーのみが行い、突進はカダヤシのみが行う種特異的な行動)。カダヤシ♂は全ての種類の行動で同種への行動頻度が高かった。しかし、グッピー♂では強制交尾を除く行動については同種への行動頻度が高かったが、強制交尾では異種への行動頻度が高かった。
③ 社会的意義・今後の予定 など
沖縄島の多くの地域では1970年代に観賞魚として移入したグッピーが、それ以前に定着していたカダヤシに置き代わったことが知られます。グッピーがカダヤシを追いやって増えた理由として、グッピーのオスと交尾したカダヤシのメスが産む稚魚の数は減少するが(繁殖干渉)、グッピーのメスはカダヤシのオスから悪影響を受けないためだと考えられています(Tsurui-Sato et al. 2019)。
本研究の実験2の配偶行動の頻度(図2)に注目すると、グッピーのオスだけがカダヤシのメスに配偶行動を試みるわけではなく、両方の種のオスが互いに異種のメスに大差ない頻度で配偶行動を試みました。つまり、グッピーのメスがカダヤシのオスから悪影響を受けなかった理由は、「カダヤシのオスがグッピーのメスに配偶行動を試みなかったから」ではないということです。グッピーのメスはカダヤシのオスから配偶行動を頻繁に仕掛けられても悪影響を受けなかったのです。グッピーのメスには、異種のオスからの悪影響を回避する何らかのメカニズムが備わっている可能性がありますが、その実体を明らかにすることは今後の課題です。
また、グッピーのオスの配偶者認識の正確さに関する結果は、グッピーのオスが自身の置かれた状況を認知して行動を制御できることを示します。同種と異種を識別する時としない時が、どのような状況下で生じるか詳細な分析を進めれば、動物がどのように種を識別して行動しているか、認知生理メカニズムの観点でより深い理解が得られるでしょう。
<用語解説>
注1:オス個体間の競争
生涯で多数回繁殖する機会がある動物では、卵や子育てに多くの時間や労力を費やすメスよりも、そうした繁殖への投資が小さなオスの方が潜在的に多くのメスとの配偶機会を持ちます。配偶機会をめぐる雌雄差が存在することで、配偶機会あるいは配偶相手であるメスへの接近をめぐって他のオス個体との競争が生じます。オス個体間の競争はグッピーのようなメスへの求愛アピールだけでなく、同性のオス個体を排除する縄張りや直接的な攻撃を伴う闘争など、オスの様々な行動を進化させる原因だと考えられます。
注2:グッピーとカダヤシ間の相互作用
沖縄島ではカダヤシが戦前から移入されており、1960年代には島全体に分布域を広げていました。しかしながら、グッピーが1970年代以降に定着すると、カダヤシからグッピーに置き換わる地点が増えました。グッピーがカダヤシに優占できたのは、グッピーのオスから配偶行動を仕掛けられたカダヤシのメスが産む稚魚の数が減少するが(繁殖干渉)、反対にグッピーのメスはカダヤシのオスから悪影響を受けないことが原因だと考えられています(Tsurui-Sato et al. 2019)。
K. Tsurui-Sato, S. Fujimoto, O. Deki, T. Suzuki, H. Tatsuta & K. Tsuji. 2019. Reproductive interference in live-bearing fish: The male guppy is a potential biological agent for eradicating invasive mosquitofish. Scientific Reports 9(1) : 5439. http://www.nature.com/articles/s41598-019-41858-y.
<論文情報>
(1) タイトル
Alternative reproductive tactics in male freshwater fish influence the accuracy of species recognition
(和訳)グッピーのオスでは代替繁殖戦術によって種認識の正確さが異なる
(2)雑誌名:Ecology and Evolution
(3) 著者
藤本真悟 1,4 * 鶴井香織1 * 勝部尚隆2 立田晴記2,3 辻和希(瑞樹)2, 3
* Corresponding author
1 琉球大学戦略的研究プロジェクトセンター
2 琉球大学農学部/琉球大学大学院農学研究科
3 鹿児島大学連合大学院連合農学研究科
4 琉球大学医学研究科人体解剖学講座(現職)
(4)DOI番号:10.1002/ece3.7267
(5)アブストラクトURL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ece3.7267