概要
京都大学大学院理学研究科髙山浩司准教授と、琉球大学熱帯生物圏研究センター梶田忠教授らの研究グループは、マングローブ植物ヤエヤマヒルギ属の全球分布と分化の過程を分布域網羅的な系統解析で解明しました。
マングローブは全世界の熱帯・亜熱帯の沿岸域に広がる森林生態系で、地球環境の維持に重要な役割を果たしています。ところが、マングローブがどのようにして現在の分布域を持つようになったかは、十分には分かっていませんでした。そこで高山准教授らは、マングローブ植物の代表であるヤエヤマヒルギ属植物を世界各地で採集し、分布域網羅的な系統解析を行いました。その結果、ヤエヤマヒルギ属のインド洋-西太平洋グループと大西洋-東太平洋グループは約1100万年前に分岐し、その後、それぞれのグループでの多様化と分布拡大を経て、現在の分布域を持つに至ったことが分かりました。分断の時期は、大陸移動によるチシス海の消滅、季候の寒冷化、赤道海流の減衰の時期と一致しています。その後、アメリカ大陸太平洋側から南太平洋に至る、極めて長距離の海流散布による移動が最近になって生じたことで、2つのグループが南太平洋諸島で再会して、雑種を形成するようになったことも明らかとなりました。この研究は、1100万年もの長い歴史の中で起こった地史的変動、季候変動、海流による分散が、現在のマングローブ植物の分布形成に大きな役割を果たしたことを示しています。
本研究成果は、2021年3月30日に、国際誌「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。
1.背景
マングローブは全世界の熱帯・亜熱帯の沿岸河口部や海岸域に広がるマングローブ林を中心に構成される森林生態系です。海と陸との間に位置するマングローブには多様な生物が暮らしていることから、「生物多様性のゆりかごと」も呼ばれています。その一方で、人間活動の活発化による土地改変や気候変動の影響で、マングローブは急速な破壊と減少の危機にさらされています。私達の研究プロジェクトでは、マングローブ林を構成する主要な樹種の過去と現在をDNAの塩基配列情報を用いて理解し、未来について予測することで、マングローブ生態系を将来にわたって保全することを目的としています。
マングローブ林を構成する樹種が、いつ頃、どこから、どのようにして分布を広げ、地球を一周するような分布域を獲得するに至ったかは、多くの研究者によって注目されてきました。現在のマングローブ林では、インド洋-西太平洋地域(Indo-West Pacific, IWP)と大西洋-東太平洋地域(Atlantic-East Pacific, AEP)の2つの地域の間で、種組成が大きく異なっていることが分かっています。一方、化石情報からは約5000万年前の始新世には、世界の広い範囲にマングローブ植物が分布していたことが示されています。5000万年前には全球的に分布していたマングローブ植物が、いつ頃どのようにして、IWPとAEPの2つの地域に別れ、それぞれの地域で独自に多様化して、現在の分布域を持つに至ったのかは、十分には明らかになっていませんでした。
そこで私達は、マングローブ植物の代表とも言えるヤエヤマヒルギ属の植物を対象として、この問題にアプローチすることにしました。ヤエヤマヒルギ属は、世界のマングローブ林の主要構成種でIWPとAEPの両方の地域に分布することから、世界のマングローブ林の成立過程を明らかにできると考えたからです。そこで、世界の可能な限り広い範囲から試料を集め、DNAの塩基配列情報を用いた系統解析を行い、分岐年代の推定と分布域の変遷の解析を行いました。先行研究で、ヤエヤマヒルギ属植物には地域によって異なる遺伝的変異が存在することが示唆されていたため、分布形成過程の解明には分布域網羅的な解析が不可欠でした。
2.研究手法・成果
ヤエヤマヒルギ属は全世界の熱帯・亜熱帯に分布しているため、世界各地のマングローブ林で現地調査を行い、植物を採集しました。10年以上の調査で訪れた国は、20ヶ国に及びます。こうして収集した分布域全体を網羅するような試料からDNAを抽出して、葉緑体と核の遺伝子配列を用いて詳細な系統解析を行い、分岐年代の推定を行いました。その結果、IWPのグループとAEPのグループは今から約1100万年前に分岐したことが分かりました。また、分布域の変遷過程を解析することで、この分断は大西洋とインド洋の間で生じたことが示されました。これらは、約1100万年前に大陸移動でアフリカ大陸とユーラシア大陸が繋がったことによりチシス海が消滅し、インド洋と大西洋の2つに分断されたことと、年代的にも一致します。また、この時期には地球の寒冷化が進んでおり、マングローブの分布域は赤道付近に縮小していったと考えられます。
さらに、チシス海が消滅したことで赤道付近の海流が減衰し、IWPとAEPの間の種子の往来が制限されたことも、2つのグループの分化を促進したと考えられます。その後、それぞれの地域で分布域の拡大と種の多様化が進みましたが、AEPのグループでは、今からおよそ300万年前に南北アメリカ大陸が陸続きになったことで、さらに、東太平洋と大西洋に分断されました。ヤエヤマヒルギ属の植物は、いわゆる胎生種子が海流に流されて分布域を広げるため、南北アメリカ大陸やアフリカ大陸のような陸地の障壁を越えることはできないのです。その一方で、IWPのグループは、いくつかの種に多様化しつつ、東アフリカから南太平洋に至る広い地域に分布を広げました。
このようにして、1100万年もの長い年月を掛けて、ヤエヤマヒルギ属は現在のIWPグループとAEPグループの2つに分かれた後に、世界中に広がりました。両者の境界の一つはアフリカ大陸ですが、もう一つは東太平洋に広がる広い海域です。この海域には大きな陸地も無く、また、マングローブも存在しないため、胎生種子による海流散布でもなかなか超えることのできない海の障壁となっていたようです。ところが、現在は、ニューカレドニアやサモアなどの南太平洋の島嶼域には、南北アメリカに分布するアメリカヒルギとそっくりな植物(Rhizophora samoensis)が分布しています。この植物の来歴を今回の研究でよくよく調べてみると、南北アメリカ大陸の太平洋側のものが、最近起こった超長距離の種子散布によって東太平洋を超え、南太平洋に移住したものだと分かりました。また、移住先の南太平洋で、IWPの種と再会し、雑種を形成していることも明らかとなりました。しかし、この雑種は、1100万年前に分化してから、それぞれが地球を反対回りで広がってきた種間の雑種です。樹木として成長することはできても、有性生殖をする能力を持たないため、2つのグループが再び混じり合っていくことは無いようです。
このようにして、ヤエヤマヒルギ属の系統の分化と分布域の拡大過程が推定されたことで、大陸移動による分断と気候の寒冷化という地球レベルでの大きな変化と海流による長距離分散により、マングローブが地球全体に広がるようになった過程の一端が明らかとなりました。
3.波及効果、今後の予定
この研究で、大陸移動や気候変動とうい地球レベルの変化が、マングローブの分布域の変遷に大きな影響を与えて来たことが明らかになりました。このことは、現在の私達が直面している気候変動も、今後のマングローブ林に影響を与えうることを示唆しています。そこで私達は、今後はゲノムレベルでの研究を深めることで、世界各地の異なる気候や環境に、マングローブ植物がどのように適応してきたかを明らかにしていきたいと考えています。そして、近年の地球温暖化に対して、マングローブがどのような応答をするかを予測して、マングローブの保全に貢献することが大きな目標です。
4.研究プロジェクトについて
本研究は日本学術振興会科研費(JP22405005, JP25290080, JP17H01414, JP07J02524, JP14405015)、藤原ナチュラルヒストリー振興財団、山田科学振興財団の研究助成を受けて行いました。
<研究者のコメント>
この研究で、マングローブの代表的な樹種であるヤエヤマヒルギ属の全球的な分布形成過程が明らかとなり、マングローブ生態系全体への理解が一層深まると期待しています。1100万年前に分岐した2つのグループが長距離種子散布により再び南太平洋で出会い、雑種を形成していることも証明されました。種子を海流散布する植物の地球規模での移動の歴史を垣間見ることができ、とても嬉しく思っています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Global phylogeography of a pantropical mangrove genus Rhizophora(ヤエヤマヒルギ属の全球系統解析)
著 者:Koji Takayama, Yoichi Tateishi, Tadashi Kajita
掲 載 誌:Scientific Reposts DOI:10.1038/s41598-021-85844-9