琉球大学理学部の栗原教授らの研究グループは、パラオのニッコー湾において自然状態で高水温・高CO2(低pH)環境を示す極めてユニークな海域を発見しました。
この海域の環境は将来気候変動によって起こると予測されている環境と同じであるにもかかわらず、多様なサンゴ種が健全な状態で多く生育していることが分かりました。湾の内外に生息するサンゴを移植する実験を行った結果、湾外のサンゴに比較して湾内のサンゴの方が高水温・高CO2環境に高い耐性を示すことが明らかになりました。
本研究の結果から、生物が様々な環境に対して巧みに適応・進化する能力を持っている可能性が示されました。一連の研究成果に関する論文は,Nature Research社が発行するオープンアクセスの国際誌「Scientific Report」に掲載されました。
<発表概要>
パラオ共和国のコロール島の南に位置するニッコー湾は、第二次世界大戦前の1935年に日本がサンゴ礁研究を行うために設置したパラオサンゴ礁研究所がかつてあった場所であり、川口四朗博士が世界で初めてサンゴと植物プランクトン(褐虫藻)の共生関係について示した場所です(図1)。現在ではパラオ国際サンゴ研究センター(Palau International Coral Reef Center: PICRC)が同国のサンゴ研究拠点となり、世界中の研究者がPICRCを訪れてサンゴ礁研究を行っています。琉球大学とPICRCは国際協力機構(JICA)と科学技術振興機構(JST)による研究プログラムSATREPSの助成を受け、「気候変動下におけるパラオサンゴ礁生態系への気候変動による危機とその対策」を目指した共同研究を2012年から2017年までパラオにて実施しました。
この共同研究の中で琉球大学理学部海洋自然科学科の栗原教授らの研究グループは、パラオのニッコー湾において自然状態で高水温・高CO2(低pH)環境を示す極めてユニークな海域を発見しました(図2)。本湾の海水温は湾外よりも常に1-2℃高く(図2B)、さらに海水のpHは0.3-0.4程度低く維持されていました(図2C)。この環境は、気候変動に伴って沖縄をはじめ世界中のサンゴ礁海域で将来起こると予測されているのと同じような環境となっており、このような環境は多くのサンゴ群集にとって極めて不健全な環境であるとされてきました。それにもかかわらず,これまでの予測とは異なり、ニッコー湾内ではサンゴの白化などは観察されず,多様なサンゴ種が健全な状態で多数生息していることが明らかになりました(図3)。
ニッコー湾の海水環境をさらに詳しく調査した結果、本湾内の特殊な環境は、複雑な地形によって海水が湾内に長期間(2ヶ月程度)とどまっており、その間海水が太陽に熱せられると共に湾内に生息する多くのサンゴ類の呼吸や石灰化などの生物自身の代謝の影響によって作り出されていることが明らかとなりました。
さらに湾内外でのサンゴの種の組成を調べた結果、湾内のサンゴの多様性は湾外をもしのぐ高さを示す一方で、湾内ではサンゴ礁域で一般的に見られるミドリイシ属のサンゴ種がほとんど観察されませんでした。また湾内外で共通して多く見られたサンゴ種(ユビエダハマサンゴ)を用いて湾内と湾外で交換移植実験を行った結果、湾外のサンゴに比較して湾内のサンゴは高水温・高CO2環境に対して、高い耐性を示すことが明らかになりました。
本研究の成果から、サンゴ礁を形成するサンゴが高水温、高CO2(低pH)という海洋生物にとっては過酷な環境に対しても巧みに適応していることが示されました。今後はこれらサンゴが持つ適応性の機構を解明することによって、環境の変化に対して生物がどのように適応進化をするのかを明らかにできると考えられます。さらに高水温・高CO2環境にも適応したこれらサンゴを研究することによって、今後の気候変動に対するサンゴ礁生物の保全策に繋がるヒントが得られることが期待されます。
本研究はJICA-JSTのSATREPS「気候変動下におけるパラオサンゴ礁生態系への気候変動による危機とその対策」、科学研究費補助金の基盤研究(B)「高CO2・高水温環境下でのサンゴ礁群集の多様度維持機構:パラオ礁湖での事例研究(研究課題番号 16H05772)」および学術変革領域研究(B)「pH応答生物学の創成(領域番号 20H05787)」の支援を受けて実施されました。
<論文情報>
Scientific Reports
http://www.nature.com/articles/s41598-021-90614-8