東北大学大学院理学研究科の浅海竜司准教授、琉球大学理学部ならびに総合地球環境学研究所の新城竜一教授、名古屋大学大学院環境学研究科の植村立准教授、東北大学大学院工学研究科の坂巻隆史准教授らの研究チームによる研究結果が、「Progress in Earth and Planetary Science」の2021年6月号に掲載されました。
<発表のポイント> 大型の硬骨海綿(Acanthochaetetes wellsi)の骨格試料について年単位の分解能で化学成分を分析し、琉球列島域の海洋環境変化を示す1880年〜2015年の時系列データを抽出することに成功しました。硬骨海綿による100年以上の長期時系列データは、大西洋カリブ海以外では初めての記録となります。解析の結果、琉球列島海域において1960年以降の人為起源CO2の増加の影響が大西洋よりも大きいこと、海水温の数年・数十年スケール変動が存在すること、ローカルな陸源物質の流入やアジア地域からの鉛汚染の影響が記録されている可能性があることが示されました。この成果は、気象観測記録を遥かに遡る海洋データとして貴重であり、長期の海洋環境変動を理解するうえで有用であると考えられます。
<発表の内容>
炭酸カルシウムを作る海棲生物(有孔虫、サンゴ、貝類など)の化学組成は、海洋環境の変化に影響を受ける(=過去の環境を復元するための間接的指標となる)ことが知られています。硬骨海綿は、海中洞窟や水深数百mまでの暗所に生息し、炭酸カルシウムの骨格を形成しながら数十年〜数百年も成長することがあります。その骨格の化学組成を用いた環境解析はいくつか報告されていますが、類似のサンゴ年輪研究と比べて圧倒的に数が少ないのが現状です。これは、1)生息現場へのアクセスが容易でないこと、2)成長速度が2 mm/year以下と小さく時間決定や高分解能解析が困難であること、3)サンゴ年輪による長期古気候解析が主流であったことなどによります。これまで、硬骨海綿による100年を超える長期の時系列データは大西洋カリブ海からの報告に限られており、海洋の環境変動を長期的にかつ空間的に把握するためには、様々な海域からの硬骨海綿の記録の蓄積が望まれます。
浅海准教授らの共同研究チームは、琉球列島の宮古島と沖縄本島に生息する大型で現生の硬骨海綿をそれぞれ1個体採取しました(図1)。骨格には明瞭な成長縞が確認され(図2左)、放射性炭素による年代測定などに基づいた結果、硬骨海綿は1880〜2012年(宮古島)と1960〜2015年(沖縄本島)に成長したことがわかりました。骨格の成長方向に沿って、炭素・酸素同位体組成(δ13C・δ18O)および各種元素濃度比(Sr/Ca・Ba/Ca・Pb/Ca・U/Ca)を分析し、年単位の長期時系列データを抽出することに成功しました(図2右)。
骨格のδ13Cの時系列は、人為起源CO2の増加によるSuess効果(注1)を示し、1960年以降のδ13Cの低下速度は大西洋カリブ海よりも約1.4倍大きいことがわかりました。δ18Oの時系列は海水温と同調した変化を示し、周波数解析の結果は数年スケールおよび20〜30年スケールの海洋変動が琉球列島域に存在することを示唆します。アラゴナイト骨格(注2)からなる硬骨海綿とは異なり、高Mgカルサイト骨格(注3)からなる本研究の硬骨海綿のSr/Ca・U/Caは、海水温指標として有用ではない可能性が示されました。Ba/Caの時系列はローカルな陸源物質の流入量を、Pb/Caの時系列は東アジアにおける工業起源の鉛の放出量を反映している可能性があります。
本研究は、浅海域に生息するサンゴやシャコガイの環境解析と併せて、より深層に生息する大型の硬骨海綿の環境解析を実施することによって、過去数百年間にわたる海洋表層〜水深百mの空間的な海洋変動を復元することができる可能性を示しており、研究グループは今後、様々な海棲生物を組み合わせたマルチな環境解析研究を展開したいと考えています。
<論文情報>
著者名:R. Asami, T. Matsumori, R. Shinjo, R. Uemura, Y. Miyaoka, M. Mizuyama, Y. Ise, T. Sakamaki
論文表題:Reconstruction of ocean environment time series since the late nineteenth century using sclerosponge geochemistry in the northwestern subtropical Pacific
掲載雑誌:Progress in Earth and Planetary Science
掲載年月:2021年6月28日
https://doi.org/10.1186/s40645-021-00434-7
<用語説明>
(注1)Suess効果
人類による化石燃料の消費によって大気中のCO2濃度が増加し、それによって放射性炭素同位体(14C)が希釈されてその濃度比が減少する効果。人為起源CO2の安定炭素同位体組成(δ13C)の値は大気のそれと比べて非常に小さいため、13C-Suess効果としても現れる。
(注2)アラゴナイト骨格
海棲生物が石灰化によって造る炭酸カルシウムの骨格で、アラゴナイト(アラレイシ)の結晶構造(直方晶系)をもつ。他に造礁サンゴや二枚貝などがある。
(注3)高Mgカルサイト骨格
海棲生物が石灰化によって造る炭酸カルシウムの骨格で、カルサイト(方解石)の結晶構造(三方晶系)をもち、Mg濃度が高い(>4~5 mol% MgCO3)場合をいう。他にウニの刺などがある。