大阪府立大学(学長:辰巳砂 昌弘)大学院 生命環境科学研究科 北村 瑠璃子さん(2020年度博士前期課程修了)、三浦 夏子 助教、片岡 道彦 教授と琉球大学 熱帯生物圏研究センター 伊藤 通浩 助教、山城 秀之 教授、東京大学 大気海洋研究所 高木 俊幸 助教らの研究グループは、サンゴに共在する細菌が海水から取り入れられていることに着目し、サンゴ礁周辺の海水から、サンゴの主な病原菌とされている悪玉菌(Vibrio属細菌、注1)の生育を抑えることが期待される善玉菌(Ruegeria属細菌、注2)を特異的に検出することに成功しました。これにより、今まではサンゴを破壊しなければ得ることができなかった細菌が、サンゴを傷つけることなく簡単に採取できるようになったほか、海水から目的の細菌を取得する効率を高めることができました。また、海水中に存在する細菌の中から、特定の細菌の存在割合を迅速に特定する方法も開発しました。これにより、海水中に存在するRuegeria属細菌の割合が、季節によって変動することも初めてわかりました。
本研究成果は、絶滅に瀕したサンゴの保護を実現するための基礎技術となると考えられるほか、サンゴ礁が提供する生物資源の保全にもつながると考えられ、持続的な開発に向けて海洋資源を保全するSDGsの達成に貢献すると考えられます。さらに、本技術は将来的に海水を利用したサンゴの健康状態のモニタリングへの応用も期待されます。今後、本研究で採取したRuegeria属細菌を「プロバイオティクス(注3)」として利用するためにさらなる実証研究を進めます。
なお、本研究成果は、日本時間2021年7月18日(日)に、Springer Natureが刊行する学術誌「Marine Biotechnology」のオンライン速報版で公開され、8月号の表紙に採択されました。
<研究概要>
近年、サンゴに共在している細菌がサンゴの白化を抑えることが明らかになりつつあり、こうした細菌を「プロバイオティクス」としてサンゴの保護に利用する研究が進んでいます。プロバイオティクスの実用化に向けては、サンゴに共在している微生物種の構成を調べる必要があります。しかし、細菌の収集やサンゴの菌叢解析を行う際には、サンゴを破壊して目的の細菌を取得し調査する必要がありました。
そこで、本研究では、サンゴ共在細菌がサンゴの周囲にある海水から取り込まれることに着目しました。Ruegeria属細菌を特異的に検出することのできるプライマー(注4)を設計し、サンゴの周辺から採取した海水から出現したコロニー(注5)を調べた結果、Ruegeria属細菌を取得することができました。これにより、サンゴを破壊せず、海水中に存在する細菌の中から特定の細菌を狙って取得できるようになりました。また、コロニーに対して直接PCR(注6)法を用いることで、一度にたくさんのコロニーを調べられるため、コロニーを一種類ずつ調べ、種類を特定する従来の方法に比べて、海水から目的の細菌を取得する効率を高めることができました。
また、サンゴの周囲にある海水を濾過して細菌を集め、そこから抽出したDNAに対して、前述のプライマーを用いたリアルタイムPCRを行うことで、目的のRuegeria属細菌を検出することができました。このことは、海水の中から迅速に特定の細菌を検出できることを示しています。さらに、調査対象である沖縄のサンゴ礁周辺では、海水中の細菌集団におけるRuegeria属細菌の割合が、サンゴ礁からの距離ではなく季節によって変動することも初めて明らかになりました。
この技術は、将来、Ruegeria属細菌をプロバイオティクスとして用いることで、絶滅に瀕したサンゴの保護を実現するための基礎技術となるほか、サンゴの健康状態のモニタリングなどへの応用も期待されます。
<研究背景>
サンゴ礁は海洋における生物多様性の要であり、世界の漁業に年間数十億ドルをもたらすとされています[Burke et al. 2011]。しかし、地球温暖化やそれに伴う病原菌の活発化によってサンゴの白化・壊死が引き起こされており、国際的な問題となっています。サンゴ礁を構成する造礁サンゴの多くは2030年までに絶滅するとされており、サンゴ保護は非常に重要な課題です。近年、サンゴに共在する一部の細菌が、環境ストレスや病原菌によって引き起こされるサンゴの白化を抑えることが報告されており、サンゴ共在細菌をプロバイオティクスとして用いることでサンゴを保護できる可能性に注目が集まっています。
本研究グループは、2018年よりサンゴの保護に向けて、サンゴに共在する細菌の中からプロバイオティクスとして活用が期待される複数の細菌を同定し、その機能を解析してきました。その中でも、一部のRuegeria属細菌は、サンゴの主要な病原菌とされるVibrio属細菌の生育を抑えることから、新たなプロバイオティクスの候補として注目を集めています。サンゴ保護に向けてプロバイオティクスを実用化するためには、プロバイオティクスとして用いる細菌の候補を集めるとともに、サンゴに共在している微生物種の構成を解析する必要があります。しかし、従来の手法では、細菌の収集やサンゴの菌叢解析を行う際に、サンゴを破壊して目的の細菌を取得し調査する必要があり、将来的な保護のためにサンゴを破壊するという問題を抱えていました。今回、本研究グループは、サンゴに共在する細菌が海水から取り入れられることに着目し、サンゴの周囲にある海水から有用な細菌を狙って検出・取得する方法を検討しました。
<研究内容>
本研究では、沖縄の瀬底島周辺にあるサンゴ礁を研究対象地域として選定し、造礁サンゴのひとつであるアザミサンゴ(注7)に共在している細菌を調べました。
①サンゴを破壊せず、サンゴ周辺の海水から目的の細菌を採取することに成功
まず、サンゴの一部を砕いて得られた抽出液を培養用プレートに塗布して培養し、出現したコロニーを一つずつ単離して細菌の同定作業をおこなったところ、複数のRuegeria属細菌株を含むサンゴの共在細菌を得ることができました。また、先行研究で構築した手法を用い、Ruegeria属細菌を特異的に検出できるプライマーを設計しました。このプライマーを使って、サンゴの抽出液から出現したコロニーに対してPCRを実施したところ、共在細菌の中からサンゴ病原菌であるVibrio coralliilyticusの生育を抑制するRuegeria属細菌の近縁種を検出できることがわかりました。次に、サンゴ周辺から採取した海水中に存在するRuegeria属細菌を、このプライマーを用いたPCRにより検出できるかを検証しました。培養により出現したコロニーをランダムにPCRにかけたところ、目的のRuegeria属細菌が確認され、サンゴを破壊しなくても、サンゴ周辺の海水から採取できることが実証されました。
②海水から目的の細菌を取得する効率を高めることに成功
従来の手法では、培養したコロニーを1つずつ単離し、細菌を同定する必要がありました。しかし、PCRを用いてコロニーを調査する今回の手法では、一度にたくさんのコロニーを調べられるため、従来の方法に比べて、海水から目的の細菌を取得する効率を高めることができました。
③海水の中から特定の細菌の存在割合を迅速に検出することに成功
本研究ではさらに、海水の中から特定の細菌の存在割合を迅速に検出する方法についても検討しました。サンゴ礁の近くから順に、サンゴ礁内・サンゴ礁外・外海の3地点を海水のサンプリングポイントとして設定し、先行研究で設計したプライマーを用いて、海水中に存在する生物のDNA(環境DNA)を高感度のリアルタイムPCRを実施したところ、標的の一部であるRuegeria属細菌を検出することができました。これにより、本研究で採用したプライマーを使用することで、特定の細菌が海水中に存在する割合を迅速に検出できることが検証されました。
④Ruegeria属細菌の存在割合が季節によって変動することが初めて明らかに
上記の3地点で2019年の1月、6月、11月に採取した海水サンプルを調査したところ、標的とした一部のRuegeria属細菌が海水中に存在する割合は、サンゴ礁からの距離ではなく季節によって変動しているということが初めて明らかになりました。
<社会的意義、今後の予定>
本研究成果で構築した技術は、Ruegeria属細菌をプロバイオティクスとして用いることで、絶滅に瀕したサンゴの保護を実現するための基礎技術となるほか、将来的にはサンゴ礁を破壊することなく、サンゴの健康状態を診断する応用技術への展開が期待されます。また、研究の過程で取得した細菌群は、国内の微生物バンク(NBRC)に順次登録を進めています。これにより、有用な細菌群を世界中の研究者が自由に利用できるようになることで、サンゴ保護に向けたプロバイオティクス研究の加速を後押しし、絶滅に瀕したサンゴの保護に貢献できると考えられます。こうした活動は、サンゴ礁が提供する生物資源の保全にもつながると考えられ、持続的な開発に向けて海洋資源を保全するSDGsの達成にも寄与します。
<発表雑誌>
本研究成果は、日本時間2021年7月18日(日)に、Springer Natureが刊行する学術誌「Marine Biotechnology」のオンライン速報版で公開されました。
<雑誌名>Marine Biotechnology
<論文タイトル>Specific Detection of Coral‑Associated Ruegeria, a Potential Probiotic Bacterium, in Corals and Subtropical Seawater
<著者>Kitamura R, Miura N, Ito M, Takagi T, Yamashiro H, Nishikawa Y, Nishimura Y, Kobayashi K, Kataoka M.
<DOI番号>10.1007/s10126-021-10047-2.
<SDGs達成への貢献>
大阪府立大学は研究・教育活動を通じてSDGs(持続可能な開発目標)の達成に貢献をしています。本研究はSDGs17のうち、「14:海の豊かさを守ろう」等に貢献しています。
<研究助成資金等>
本研究は、琉球大学熱帯生物圏研究センター共同利用・共同研究の支援を受けて行われました。また、本研究の一部は科学研究費助成事業(科研費)若手研究(JP19K15739, JP17K15402, JP18K14479, JP21K14766)、公益財団法人日本生命財団研究助成(環境問題研究助成)、一般財団法人杉山産業化学研究所 研究助成、科学技術振興機構(JST)戦略的研究推進事業 ACT-X(JPMJAX20B9)からの支援を受けて行われました。
<用語解説>
(注1)Vibrio属細菌
動物の病原菌として知られる細菌を含む、幅広い細菌の種類。なかでもVibrio coralliilyticusはサンゴの主要な病原菌とされる。
(注2)Ruegeria属細菌
海洋に広く存在する細菌。海洋の硫黄循環に貢献するとされているが、サンゴに対する機能については不明な点が多い。一部のRuegeria属細菌はVibrio属細菌の生育を抑えることが知られつつある。
(注3)プロバイオティクス
生き物の体内・体外に共生するバクテリアを使って、病気の予防などに用いること。
(注4)プライマー
PCRに用いるための、短いDNA断片。鋳型となる配列に特異的に結合する。
(注5)コロニー
細菌が培地の上で増殖した際に形成する、肉眼で観察できる大きさの菌の塊。
(注6)PCR(polymerase chain reaction)法
DNAを増幅する手法。鋳型となるDNAを、より短いDNA断片を使用して、特定の酵素の働きで増幅する。
(注7)アザミサンゴ
造礁サンゴの一種。亜熱帯海域に生育し、沖縄の海でもみられる。
<参考URL等>
ジャーナルの表紙(2021年8月号)に採択されました
https://link.springer.com/journal/10126/volumes-and-issues/23-4 PDF版をダウンロード