概要
京都大学大学院 地球環境学堂・特定研究員 鈴木智也 博士、同 西川完途 准教授(兼:人間・環境学研究科)、琉球大学医学部 附属実験実習機器センター 佐藤行人 講師(兼:琉球大学 熱帯生物圏研究センター、戦略的研究プロジェクトセンター)、琉球大学 熱帯生物圏研究センター 戸田守 准教授らの研究グループは、絶滅が危惧される希少な両生類であるトウキョウサンショウウオを専門的な機器を使用することなく簡易にDNA判別できる手法を確立しました。
本研究では、新型コロナウイルスの簡易検出にも利用されている「LAMP法」に着目し、トウキョウサンショウウオと、形態的にそれと酷似するトウホクサンショウウオを識別するための簡易DNA判別法の開発に成功しました。トウキョウサンショウウオは2020年4月に特定第二種国内希少野生動植物種に指定され、販売や頒布を目的とした個体など(卵や標本を含む)の捕獲などが禁止されていますが、種名を偽って違法に販売している悪質な事例がありました。本研究で開発された簡易DNA判別法によって、トウキョウサンショウウオの違法販売が防止されることが期待されます。本研究成果は、2021年11月7日に国際学術誌「Genes & Genetic Systems」にオンライン掲載されました。
背景
日本列島に生息するサンショウウオ類の多くは移動分散力が低く、生息地域が分断されることで種分化しています。また、移動分散力が低いために、生息地の都市化や環境悪化が起こった場合に自力で逃げ出すことができないので、近年、多くの種が絶滅の危機に瀕しています。本研究で着目したトウキョウサンショウウオ Hynobius tokyoensis は、関東周辺地域に生息する日本列島固有のサンショウウオで、都市開発による生息地の縮小によって、近年その生息数が激減しています。また、2020年4月には、特定第二種希少野生動植物種に指定されており、販売や頒布を目的とした個体など(卵や標本を含む)の捕獲などが禁止されています。その一方で、本種と形態的に酷似しており、生息地も隣接しているトウホクサンショウウオ Hynobius lichenatus と偽ってトウキョウサンショウウオを販売する違法業者の存在も報告されています。そこで研究グループでは、新型コロナウイルスの簡易検出キットにも利用されている「LAMP法」に着目しました。LAMP法は高価な専用機器を必要とせず、また、蛍光試薬を用いることで目的DNAの検出の有無を視覚的にわかりやすく判断することが可能な手法です。したがって、違法販売取締の現場で非専門家が希少種のDNA判別を実施する際も有用であると考えられます。以上の背景から本研究では、LAMP法を用いることで非専門家でもトウキョウサンショウウオとトウホクサンショウウオを簡易に判別できる手法の確立を目指しました。
研究手法
本研究で着目したLAMP法では、検出対象のDNAを特異的に増幅させる「プライマー」と呼ばれる特殊な人工DNAを設計する必要があります。そこで研究グループでは、すでにデータベース上に登録されているトウキョウサンショウウオおよびトウホクサンショウウオのDNA配列を参照して、LAMP法でDNAを増幅する際に用いる特殊な人工DNA(LAMP法用プライマー)の設計を行いました。さらに、新たに採集した両種の新産地のサンプルを用いて、開発したプライマーの有用性を検証しました。
研究成果
本研究の結果、トウキョウサンショウウオを特異的に、かつ安定して検出するLAMP法用プライマーを開発することに成功しました。また、トウキョウサンショウウオの遺伝的構造を追究した先行研究の結果から、本種の種内には遺伝的に大きく分化した2系統(Clade A および Clade B)の存在が確認されていますが、本研究で開発したプライマーはいずれの系統も検出可能であることが確認されました。また、LAMP法は通常のPCR法とは異なり、必要試薬を混合して65℃下で1時間反応させるだけで目的DNAの検出が可能であることから、今後、社会実装も十分に可能です。本研究で開発したLAMP法用プライマーを駆使することによって、違法販売業者の摘発、さらには違法販売の抑制にも繋がると言えます。
今後の展望
本研究で研究グループはLAMP法に着目し、トウキョウサンショウウオのLAMP法用プライマーを開発しました。サンプルは卵、幼生、変態個体と成長段階を問いませんし、池などの水から環境DNAを検出して、生息の有無を調べることもできるかも知れません。本研究の成果から、様々な希少種においてLAMP法による簡易DNA判別が有用である可能性が出てきました。そこで研究グループでは、今後、他の希少種(特に、売買に規制が掛かっている種)についてLAMP法による簡易DNA判別法の確立に取り組むことで、希少種の違法取引の摘発・抑制に繋げたいと考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20204002)および京都大学オープンアクセスジャーナル投稿料(APC)支援事業「みちびき」の助成を受けて行われました。
<研究者のコメント>
私自身が東京都出身で、幼い頃にトウキョウサンショウウオの生息地を訪れたこともありましたので、本種の保全に関わる研究成果を発表できたことを嬉しく思います。本研究が拡散されることによって、違法な売買の抑止に繋がればと考えています。(鈴木智也)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Development and evaluation of a loop-mediated isothermal amplification (LAMP) assay for quickidentification of the Japanese salamander Hynobius tokyoensis
(トウキョウサンショウウオにおける簡易分子同定法(LAMP法)の確立)
著 者:Tomoya Suzuki, Kanto Nishikawa, Yukuto Sato, Mamoru Toda
鈴木智也(京都大学大学院 地球環境学堂 特定研究員)・西川完途(京都大学大学院 地球環境学堂 准教授)・佐藤行人(琉球大学医学部 附属実験実習機器センター 講師)・戸田守(琉球大学 熱帯生物圏研究センター 准教授)
掲 載 誌:Genes & Genetic Systems DOI:https://doi.org/10.1266/ggs.21-00046