【発表のポイント】
・洞穴遺跡から出土した貝化石と鍾乳洞の鍾乳石(石筍(注1))を用いた新しい地質考古学的手法を構築した。
・その手法を使用し、最終氷期における沖縄の気温を季節レベルの高時間分解能で復元することに成功した。
・琉球列島における氷期の気温を季節レベルで推定した初めての試みであり、遺跡の遺物と鍾乳石の組み合わせによる新しい古気温推定法は、地球科学と考古学の文理融合研究に広く適用できる点で重要。
【概要】
洞穴遺跡から出土した貝化石と鍾乳洞の鍾乳石(石筍)を用いた新しい地質考古学的手法を構築し、最終氷期における沖縄の気温を季節レベルの高時間分解能で復元することに成功しました。そのデータを解析した結果、沖縄は23,000年前の最終氷期では現在と比べて6〜7℃低く、16,000〜13,000年前では現在と比べて4〜5℃低かったことが示されました。最終氷期の気温低下は海水の温度低下より2倍も大きかったと見積もられ、氷期〜間氷期(注2)にかけての海洋と大気の温度変化が異なることを示しています。琉球列島における氷期の気温を季節レベルで推定した試みは初めてであり、遺跡の遺物と鍾乳石の組み合わせによる新しい古気温推定法は、地球科学と考古学の文理融合研究に広く適用できる点で重要であると考えられます。
本研究成果は、「Scientific Reports」の2021年11月9日19時(日本時間)に掲載されました。
本研究は、東北大学大学院理学研究科の浅海竜司准教授(元琉球大学理学部)、本堂陸斗学士、高柳栄子助教、井龍康文教授、名古屋大学大学院環境学研究科の植村立准教授(元琉球大学理学部)、国立科学博物館の藤田祐樹研究員、沖縄県立博物館・美術館の山崎真治主任学芸員、国立台湾大学のC.-C. Shen教授、C.-C. Wu研究員、チューリッヒ工科大学のX. Jiang研究員、総合地球環境学研究所および琉球大学理学部の新城竜一教授、東京大学大学院理学研究科の狩野彰宏教授の共同研究チームによる成果です。
【詳細な説明】
現在の沖縄の気候は東アジアモンスーンの影響を受けて、冬季には北風が強まり、夏季には暖かく湿った南風が卓越して台風による影響を受けます。東アジアモンスーンの長期の変動様式を理解するためには、現在の観測記録の解析だけではなく、現在と気候状態が大きく異なる「氷期」における気象記録を掘り起こすことも重要です。近年、中国の石筍研究が盛んに行われており、過去数万年の東アジアモンスーン変動の連続記録が蓄積されつつあります。しかし、それらはモンスーンによる降水量の変動を示す記録であり、気候要素の最も重要なパラメタである「温度」の復元記録は圧倒的に不足しているのが現状です。これは、過去の「気温」を高精度で復元する手法の確立が極めて困難であることが原因で、東アジア地域における氷期の気温を定量的に復元した例は報告されていませんでした。浅海准教授らの共同研究チームは株式会社南都の協力のもと、沖縄本島南部の洞穴遺跡から出土したカワニナ(注3)化石(図1-A)と鍾乳洞内で成長する石筍(図1-B)について調査しました。そして、それらの試料について新しい地質考古学的手法を適用することで、過去の夏季と冬季の気温変化を復元することに成功しました。
カワニナの貝化石は洞穴内の約23,000年前と約16,000〜13,000年前の地層から採取され、これらは旧石器人が当時採取して食した後に遺棄されたものです。石筍は約5万年前から成長を続けていることが放射性同位体の年代測定から判明し、カワニナ化石が当時生息していた上記2つの年代の石筍部位について調査されました。石筍の中には微量な水(流体包有物)が含まれており、石筍が成長した当時の鍾乳洞の滴下水、すなわち当時降った雨水が保存されています。研究チームは現場地域の観測から、雨水、鍾乳洞内の滴下水や流水、湧水の酸素同位体組成(注4)がほぼ同じ値であることを確かめました(図2)。また、現生カワニナの貝殻の成長方向に沿った高分解能解析によって、酸素同位体組成の季節変化を捉えることができます(図2)。カワニナの酸素同位体組成は、生息場の温度と水の酸素同位体組成で決まることから、原理的にはカワニナ化石と石筍中の流体包有物の酸素同位体組成を組み合わせることで、当時の「気温」を推定することができます。
研究チームは、東北大学大学院理学研究科の炭酸塩同位体分析システムを用いてカワニナ化石の酸素同位体組成を、名古屋大学大学院環境学研究科の極微量水同位体分析システムを用いて石筍中の流体包有物の酸素同位体組成を世界水準の精度と確度で分析しました。その結果を解析したところ、23,000年前(最終氷期)の沖縄の気温は夏季・冬季・年平均ともに現在と比べて6〜7℃低く、16,000〜13,000年前(退氷期:氷期〜間氷期の移行期)では現在と比べて4〜5℃低かったことがわかりました(図3)。この気温の変化は現在の九州南部や高知県のそれに相当します。近現代の沖縄は亜熱帯気候であり、琉球王国の歴史書「球陽」では18世紀末〜19世紀初めに数回の降雪が記録されているものの、沖縄本島では2016年に観測史上初めて雪(みぞれ)が記録されたばかりです。本研究の結果からは、最終氷期の沖縄は温帯気候下にあり、冬には雪がちらつく日が今より頻繁にあったと考えられます。
日本周辺海域の深海堆積物中のプランクトン化石記録による古水温データと比較すると、本研究で見積もられた最終氷期の気温低下は海水の温度低下より2倍も大きかったことがわかりました(図3)。このことは、氷期〜間氷期にかけての海洋と大気の温度変化が異なることを示しています。琉球列島における氷期の気温を季節レベルで復元した試みは初めてあり、遺跡の遺物と鍾乳石(石筍)の組み合わせによる新しい古気温推定法は、地球科学と考古学の文理融合研究に広く適用できる点で重要であると考えられます。研究グループは、さらなる遺跡調査によって出土した貝化石試料と石筍を分析することで、最終氷期〜現在にかけての過去3万年の沖縄の気温変化をより定量的に明らかにしていきたいと考えています。
【論文情報】
著者名:Ryuji Asami, Rikuto Hondo, Ryu Uemura, Masaki Fujita, Shinji Yamasaki, Chuan-Chou Shen, Chung-Che Wu, Xiuyang Jiang, Hideko Takayanagi, Ryuichi Shinjo, Akihiro Kano, Yasufumi Iryu
論文表題:Last glacial temperature reconstructions using coupled isotopic analyses of fossil snails and stalagmites from archaeological caves in Okinawa, Japan
掲載雑誌:Scientific Reports
掲載年月:2021年11月9日19時(日本時間)
DOI:10.1038/s41598-021-01484-z
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-021-01484-z
【用語説明】
(注1)石筍
鍾乳洞の天井の水滴が滴下して洞床面に炭酸カルシウムが析出(沈殿)し、上方へ向かってタケノコ(筍)状に成長した洞窟二次生成物。数万年以上の長い年月をかけて成長することがある。
(注2)氷期と間氷期
第四紀(約258万年前〜現在)を特徴づける気候状態。北半球の氷床が発達した寒冷で乾燥した時期は氷期、現在のような温暖で湿潤な時期は間氷期と呼ばれる。最近の氷期(最終氷期)は約2万年前に終焉を迎え、約1万年をかけて地球は温暖化し、約1万年前に比較的温暖な間氷期が訪れた。
(注3)カワニナ
淡水域に棲む細長い巻貝で、カワニナ科に分類される(Semisulcospira sp.)。炭酸カルシウムのアラゴナイト殻を螺旋状に造り、成長方向に沿った殻の化学分析(プロファイリング)ができる。
(注4)酸素同位体組成
酸素の安定同位体16Oと18Oの量比を標準物質との千分率偏差(δ18O)で表される。水(H2O)の酸素同位体組成からは蒸発や降水などの水循環変動を、炭酸カルシウム(CaCO3)の酸素同位体組成からはそれが形成された場の環境変化(温度や水の酸素同位体組成の変化)を調べることができる。