<発表のポイント>
◆発見
ナンヨウムシモドキギンチャク属Edwardsianthusに関し、既知種2種を日本から初めて標本に基づいて記録するとともに、沖縄島産の2種を含む色鮮やかな4種を新種として記載した。
◆新規性
本属のイソギンチャクは2種のみであったのが、本研究で4種追加されて6種となった。新種が記録されたのは約30年ぶりである。
◆社会的意義
図鑑で存在だけ仄めかされていた“カラフルな触手のイソギンチャク”が、本研究で正式な種として記載された。
<発表概要>
琉球大学理学部海洋自然科学科の泉貴人研究員(日本学術振興会特別研究員PD)と鹿児島大学国際島嶼教育研究センター奄美分室の藤井琢磨特任助教(現・いおワールドかごしま水族館)の研究グループは、日本本土及び南西諸島よりナンヨウムシモドキギンチャク属(新称)Edwardsianthusの未記載種(注1)イソギンチャク4種を発見した。
これらはそれぞれに非常に鮮やかな色の触手を持っていたため、ルビームシモドキギンチャクE. carbunculus(図1A)、サファイアムシモドキギンチャクE. sapphirus(図1B)、エメラルドムシモドキギンチャクE. smaragdus(図1C)、およびアメジストムシモドキギンチャクE. amethystus(図1D)と命名して新種として記載した。
このうち、サファイアムシモドキギンチャクとアメジストムシモドキギンチャクを、本研究にて沖縄島の大浦湾から採集した。更に、日本から図鑑でしか記録の無かった(注2)既知種ナンヨウムシモドキギンチャク(新称)E. pudicus (Klunzinger, 1877;図2A)およびミナミムシモドキギンチャクE. gilbertensis (Carlgren, 1931;図2B)の各種を初めて標本に基づいて記録し、詳細な形態情報を加えて再記載した。
新規性(何が新しいのか)
ムシモドキギンチャク科Edwardsiidaeはイソギンチャク目の1つの科であり、世界中に広く分布し、12属に渡る100種以上の種を含んでいる。本科のイソギンチャクは、非常に細長い体を持ち、砂などの基質に埋没するようにして生息している。ムシモドキギンチャク科の1属であるナンヨウムシモドキギンチャク属は、1987年に多数の種を含む巨大な属であるムシモドキギンチャク属Edwardsiaを分割する形で設立された。本種は設立以来、タイプ種のナンヨウムシモドキギンチャクE. pudica(本論文で正式な名称E. pudicusに修正)とミナミムシモドキギンチャクE. gilbertensisの2種のみから成っており、今日まで一切新たな種が追加されず、したがって属の定義も全く見直されることがなかった。これは、ムシモドキギンチャク科のイソギンチャクが砂に深く潜って棲息するため、位置の特定並びに掘り出しが極めて難しいことが主な原因である。
本研究において、泉特別研究員らのグループは、四国から琉球列島にかけての南日本にて干潟においての徒手採集・スキューバダイビングによる潜水採集などの方法で調査を行った。そして、様々なムシモドキギンチャク科のイソギンチャクを徹底的に採集し、実体顕微鏡による外部形態の観察、パラフィン薄切法(注3)を用いた内部形態の観察、およびDNAの塩基配列による分子系統解析等の方法を用いて分類学的に精査した。
その結果、ナンヨウムシモドキギンチャク属に4種の未記載種の存在を突き止めるに至った。それらが本論文で新種として記載された結果、30年にも渡り分類学的に動きの無かったナンヨウムシモドキギンチャク属に、上記のように4種もの新種が追加され、本属の多様性を見直すことができた た。
社会的意義/将来の展望
ナンヨウムシモドキギンチャク属のイソギンチャク類は、ムシモドキギンチャク科の中でも大型であり、色鮮やかな触手を持つものが多い。実際、海外の図鑑などでも、本属の種と思しきカラフルな触手のイソギンチャクの記述が散見され、既知種の2種に留まらないナンヨウムシモドキギンチャク属の多様性が仄めかされてきた。しかし上記の通り、本科のイソギンチャクは住処の砂の中に潜行するため採集が極めて難しく、本属の多様性を証明することが世界で誰もできていなかった。
本研究で泉特別研究員らは、干潟や砂底での採集に徹底的に焦点を絞るとともに、すでに採集されていた標本を博物館等から収集することで、4種もの新種を記録することができた。これらはすべて鮮やかな触手を持つイソギンチャクであり、示唆されてきた本属の多様性の一端をついに解明できたことになる。
しかし、上記の通り標本を採集することは難しく、新種たちはいずれも1個体の標本のみによる記載(注4)となった。今後は種内差異を解明するため、複数個体の標本が採集されることが望まれる。また、分子系統解析で、ムシモドキギンチャク属Edwardsiaが本属に対して側系統(注5;図3)となり、分類群として有効でない可能性が生じてきた。泉研究員らのグループは今後、ムシモドキギンチャク科の塩基配列情報を増やし、より詳しい分子系統解析を行うことを計画している。
<用語解説>
注1:未記載種
一般的に使われている新種は“名前のついていない種”という意味だが、生物 学的にはこの用法は誤りで、「未記載種」と称する。これが論文となり、学名がついて初めて「新種」と呼ばれる。
注2:図鑑でしか記録の無かった
図鑑による生物種の記録は、特にその記述が不足している場合や写真のみであった場合、正確な記録とは言い難い。よって、図鑑の記録を参考程度に捉える研究者も多い。
注3:パラフィン薄切法
生物の組織をパラフィンというワックス(蠟燭の“ロウ”に似た物質)に埋め込み、ミクロトームという特殊な機械でミクロン単位の厚さに薄切りする方法。非常に薄く切れるので、顕微鏡観察に適する。
注4:1個体の標本のみによる記載
新種記載をする場合、複数個体の標本を用意することが慣例である。これは、個体間の差異を示すとともに、1標本が失われた場合でも他の標本で補えるという利点もあるからである。しかし、複数個体の採集が難しい場合、理由を説明して1個体で行うこともある。
注5:側系統
系統樹において、共通の祖先を持つすべての種を含む「単系統」に対し、共通の祖先を持つが一部の種を含まない一群を「側系統」という。昨今では、側系統群は分類群と認めないのが主流である。
<論文情報>
(1)論文タイトル
Gems of the southern Japanese seas – four new species of Edwardsianthus (Anthozoa, Actiniaria, Edwardsiidae) with redescriptions of two species
南洋の宝石~ナンヨウムシモドキギンチャク属の4新種と、2種の再記載
(2) 雑誌名 Zookeys
(3) 著者 Takato Izumi*、Takuma Fujii
(4) DOI番号 https://doi.org/10.3897/zookeys.1076.69025