概要
電気通信大学、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、東北特殊鋼株式会社、宮城県農業・園芸総合研究所、琉球大学、神奈川県農業技術センター、兵庫県立農林水産技術総合センターの研究グループは、害虫のコナジラミ類に対して振動により防除する技術の特許を取得しました。近年、化学農薬だけに頼らない新たな害虫防除技術を用いた環境保全型農業が望まれています。トマト栽培施設において、磁歪材料(磁場の変化により伸縮する材料)による振動発生装置からの振動が、害虫の密度を大幅に低減する防除効果を持つことを明らかにしました。また、この振動にはトマトの受粉を促進させる効果もあったため、生産性の向上と害虫防除のダブル効果を持つ可能性があります。昆虫は振動に対して敏感に反応する習性があるため、振動による防除技術は他の様々な農林業害虫への応用が期待されます。本研究成果は、国内特許として2021年12月10日に登録されました。この振動発生装置は2023年度を目途に製品化の予定です。
ポイント
・害虫のコナジラミ類に対して、振動により防除する技術の特許を取得しました
・振動発生装置を設置したトマト栽培施設において、振動が害虫の密度を低減させることを明らかにしました
・振動はトマトの受粉を促進させる効果もあったため、栽培と害虫防除のダブル効果を持つ可能性があります
・振動による防除技術は、化学農薬への依存からの脱却につながり、様々な農林業害虫への応用が期待されます
背景
皆さんは子供の頃、木を蹴って落ちてくる虫を採ったことはないでしょうか?これは昆虫が木を伝わる振動を感じて、外敵から逃れようとする習性を利用したものです。このように昆虫は振動を敏感に感じて、様々な行動をおこします。
近年、化学農薬に依存しない害虫防除技術の開発が求められています。多くの昆虫が振動を敏感に感じることから、振動を用いて様々な種類の害虫を防除できるのではないかと期待されています。これまでに研究グループは、野菜や花木の害虫であるコナジラミ類をはじめとして、樹木、果樹、きのこの害虫(カミキリムシ類、カメムシ類、キノコバエ類)を対象として、産卵、定着等の行動の阻害や忌避をおこす振動の周波数や振幅を特定してきました。
オンシツコナジラミやタバココナジラミなどのコナジラミ類は、トマトをはじめとする野菜の重要害虫です。コナジラミ類は、すす病*1の原因となる排泄物を出すほか、特にタバココナジラミはトマトに致命的被害を与える植物ウイルス病(トマト黄化葉巻病等)を媒介します。さらにコナジラミ類は様々な化学農薬に対する強い抵抗性を獲得していることから、化学農薬に頼らない新たな防除法が求められています。一方、トマト等の野菜の栽培に際して、これまでは外来種のセイヨウオオマルハナバチを用いて、花を振動させることで受粉を促進してきました。しかし、セイヨウオオマルハナバチが特定外来生物に指定され使用が規制されたため、在来種のマルハナバチへの転換が急速に進められています。加えて、依然在来種を利用できない地域もあり、マルハナバチに代る効率的に受粉を促す方法の確立も望まれています。
内容
宮城県のトマト栽培施設において、オンシツコナジラミに対する振動の防除効果を2018年の夏期に4週間、調査しました。磁歪材料を組み合わせた磁歪クラッド材*2による振動発生装置(以下、磁歪振動装置)を用いて、これまでの実験によりオンシツコナジラミの行動制御に有効であることが示された、以下の条件の周波数と時間の振動を発生させました:1)周波数300Hz(ヘルツ、1秒間の振動の波の数)の振動を連続1秒、休止9秒として一定の間隔で繰り返して複数回発生、2)トマトの植物体を大きく揺らしやすい周波数30Hzの振動を連続60秒、毎日2回発生。図1のように、栽培施設内の上部のパイプに周波数ごとに異なる磁歪振動装置を設置することで、異なる周波数の振動を発生させました。このパイプから垂下した金属ワイヤーにトマト植物体をつなげて、振動が伝わるようにしました(図2)。トマト4株からそれぞれ2枚の複葉*3を選び、葉面に寄生するオンシツコナジラミの幼虫の数を計測すると、1)300Hzと2)30Hzのいずれの振動を与えた場合も、幼虫の密度は振動を与えない場合より低くなりました(図3)。特に300Hzの振動を与えた場合、幼虫の密度は半数程度になりました。このことから、振動を与えることでオンシツコナジラミ類の定着阻害に効果があることがわかりました。また、オンシツコナジラミやタバココナジラミに対する振動による害虫防除の効果は、神奈川県、兵庫県、沖縄県における試験でも確認されました。
続いて2018年の冬期に、30Hzの振動が害虫防除に加えてトマトの着果を促進する効果があるかを調べました。2018年夏期の2)と同じ条件の振動を与えると、前回と同様に、オンシツコナジラミ幼虫の密度が低くなりました。また、振動を与えることで、振動を与えない場合や、着果促進のためのホルモン剤を与える場合よりもさらに着果数が多くなったことから、振動による着果促進の効果も認められました。一方、草丈や茎の太さについては振動の影響がありませんでした。なお、害虫防除効果と着果促進効果がそれぞれ最適となるような振動の周波数や回数等の条件についてはさらなる検討が必要です。
今後の期待
振動による防除及び栽培技術は、化学農薬への依存からの脱却につながり、環境保全型農業の実現に貢献すると期待されます。磁歪振動装置の改良やトマトに振動を伝える部材等の適合性試験を経て、2021年には全国農業協同組合連合会(JA全農)営農・技術センターのミニトマト栽培施設内の展示圃場において関係者への公開を行いました(図1)。現在、振動の周波数等の条件の最適化を進めており、また宮城県のトマト生産現場(現地生産施設)では、振動を与えることで実際に害虫防除の効果があるかを調べています。2023年度を目途に、磁歪振動装置は東北特殊鋼株式会社から製品化の予定です。
振動による害虫防除技術は、粘着板や防虫ネット等の技術と組み合わせることによって、環境を保全しつつ省力も可能な栽培体系に発展できます。一方、振動が天敵昆虫を含めた他の生物等に及ぼす影響についても注視していく必要があります。
今回共同で研究を行った国立大学法人電気通信大学、森林総合研究所、東北特殊鋼株式会社、宮城県農業・園芸総合研究所、国立大学法人琉球大学、神奈川県農業技術センター、兵庫県立農林水産技術総合センターと、静岡県農林技術研究所、日本工業大学等で、振動農業技術コンソーシアム(代表:電気通信大学)を設立しました。私たちはこのコンソーシアムによる活動を通じて、野菜、きのこ、果樹とこれらの害虫を対象に、振動を利用した害虫防除技術や作物等の栽培技術の実用化に向けた研究を、今後も展開していきます。
(特許情報)
発明の名称:振動による害虫防除及び作物受粉の方法
発明者:高梨琢磨、小池卓二、田山厳、小野寺隆一、小野利文、阿部翔太、細川昭、関根崇行、猪苗代翔太、立田晴記、柳澤隆平、大矢武志、植草秀敏、八瀬順也、冨原工弥
特許第6991488号(2021年12月10日取得)
(外部資金情報)
本研究は、内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産創造技術」、生研支援センター・イノベーション創出強化研究推進事業「害虫防除と受粉のダブル効果!スマート農業に貢献する振動技術の開発」、文部科学省科学研究費補助金(19KT0040)、積水化学・自然に学ぶものづくり研究助成による支援を受けて行われました。
用語解説
*1すす病 植物病原菌の一群で、植物の葉の表面に発生して光合成を阻害する。
*2磁歪クラッド材 東北特殊鋼株式会社と東北大学が共同開発した、磁場の変化により異なった伸縮をする材料を組み合わせたもの。
*3複葉 複数の小葉に分かれた葉の総称。トマトの場合、5〜9枚の小葉からなる。