京都大学、国立研究開発法人物質・材料研究機構、バース大学、早稲田大学、東京工業大学、岐阜大学、弘前大学、東京大学、琉球大学、ラウエ・ランジュヴァン研究所、筑波大学、オークリッジ国立研究所、ラザフォードアップルトン研究所、理化学研究所、ノルウェー科学技術大学、産業技術総合研究所、立命館大学、高輝度光科学研究センターからなる国際共同研究チームは、世界一構造秩序のある永久高密度シリカ(SiO2)ガラスの合成に成功し、その構造を大型放射光施設SPring-8*1をはじめとする量子ビーム施設を横断的に利用して明らかにしました。また、ガラスの原子の動き方が密度だけではなく構造にも大きく影響されることを発見しました。そして、パーシステントホモロジー*2をはじめとするトポロジカル解析により、その構造秩序は、ガラスに存在する原子のつながったリングの形が圧力と温度により変形しつつ形成されることによることをつきとめました。本研究により、ガラスを作る圧力と温度を精密に制御すればガラスの構造を自在に操れることが示され、高屈折ガラスや高強度ガラス、高性能光ファイバーの合成に新たな道を切り拓きました。
本研究成果は、2020年12月23日に国際学術誌「NPG Asia Materials」誌のオンライン版に掲載され、同誌のトップページを飾りました。
1.背景
ガラスは古くから人類によって作られ、利用され続けている機能材料の一つで、我々の生活に欠かせないものです。ガラスは原料を加熱して得た液体を急速に冷却(急冷)することで得られます。物質は加熱されて液体になった時、その構造は結晶のように規則正しく配列していないことが知られていますが、ガラスは液体の構造をそのまま凍結した固体であるため、原子配列の規則性を失っています。そして、ガラスは作製時の急冷速度やその後の処理温度、圧力の印加によって原子配列の変化に伴った機能の修飾が可能です。
ガラスを加熱すると結晶化しますが、この結晶化を抑制しつつ高い構造秩序を有したガラスを合成することは、材料開発の新しい基軸となると考えられてきました。しかし、ガラスの乱れた構造を定量的に評価することはこれまで非常に困難であり、それゆえ、その構造制御による新規材料開発は結晶材料と比べて著しく立ち遅れておりました。
2.研究手法・成果
今回、研究グループは大型放射光施設SPring-8のBL04B2および海外の中性子施設を横断的に利用した量子ビーム実験*3から、1200 ℃かつ7.7 GPa(約7.7万気圧)において温度と圧力を精密に制御して合成したシリカ(SiO2)ガラス(図1)に、現在までに報告されているガラスの中で最も間隔が揃った原子配列、すなわち世界一の構造秩序があることを発見しました。さらに、室温で圧力のみを印加して同じ密度のガラスを作ったところ、この低温圧縮ガラスには構造秩序がないことも確認しました(図2)。また、中性子非弾性散乱*4と比熱測定*5によって2つのガラスの原子の動きを測定したところ、ガラス特有の低エネルギー励起とされるボゾンピーク*6が構造秩序によって大きく影響を受け、ボゾンピークが密度だけではなく構造によっても変化することを明らかにしました(図3)。
さらに、実験データに基づいた計算機シミュレーションと、先端数学のトポロジーを応用したパーシステントホモロジーの連携によって、世界一構造秩序のあるSiO2ガラスが形成するリング構造は、室温での圧縮で得られた同じ密度を持つSiO2ガラスと比べてより変形しているものの、Si原子同士がより規則正しく並んでいることが明らかになり、これが世界一の構造秩序の理由であることが分かりました(図4)。本研究で開発した解析手法によって、ガラスのような一見無秩序に見える構造の中に潜んだ秩序を見出すことが、初めて可能となりました。
3.波及効果、今後の予定
本研究によって得られた知見により、温度と圧力を駆使した構造制御によるガラスやガラスセラミックスを創製できる道が切り拓かれたと言えます。新規高屈折率ガラスや高強度ガラス、高性能光ファイバーの合成への応用が期待されます。
4.研究プロジェクトについて
本成果の一部は、科学技術振興機構(JST)イノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」(JPMJPR15N4、JPMPR15ND、JPMJPR16N6)、JST 戦略的創造研究推進事業 CREST「現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築」(JPMJCR15D3)、JSPS科研費学術変革領域研究(A)20H05878、20H05880、20H05881、20H05884、基盤(B)17H03121、20H04241、TIA連携プログラム探索推進事業「かけはし」の支援を受けて行われました。
<用語解説>
※1:大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行なっています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※2:パーシステントホモロジー
データの幾何的情報を定量的に特徴付けることのできる、トポロジー(位相幾何学)という数学分野の理論を応用した手法です。
※3:量子ビーム実験
X線(電磁波)、中性子、電子などの量子性を持つ波や粒子の集団が同じ方向に向かうビーム状の流れを量子ビームといい、それらを用いた実験のことを指します。本研究では、放射光X線と中性子を用いた回折実験を実施しました。回折とは、物質にX線(または中性子)が入射したとき、入射した方向とは違ったいくつかの特定の方向に強いX線(中性子)が進む現象です。原子がある規則に従って配列した集合体、すなわち物質にX線(中性子)を入射すると、それぞれの原子によって散乱されたX線(中性子)が干渉しあい、特定の方向にだけ強い回折波が進行します。この回折波を観測することで、物質中の原子の配列を解析することが可能となります。X線は原子内の電子で散乱され、中性子は原子核で散乱されることから、原子によるそれぞれの散乱能は異なります。SiO2ガラスの場合は、X線回折はSiに、中性子回折はOに敏感であることから、両者の併用は乱れたガラス構造を決定する上で非常に有効です。
※4:中性子非弾性散乱
中性子ビームを物質に入射したときに、入射した中性子が物質中の原子とエネルギーの授受を行い散乱される現象を非弾性散乱と言います。原子が中性子とエネルギーのやりとりを行った際には何らかの原子の動きを伴います。中性子のエネルギーを精密に制御して物質に入射し、散乱されてくる中性子のエネルギーを測定することで、中性子と物質中の原子との間にどの程度エネルギーのやりとりがあったか、すなわち原子がどのように動いたのかを調べることが可能となります。このような量子ビーム実験を中性子非弾性散乱実験と言います。尚、前述の回折では原子と中性子の間にエネルギーの授受がない弾性散乱を取り扱っています。
※5:比熱測定
比熱とは1gの物質の温度を1度上げるために必要な熱量のことを指します。比熱は圧力一定と体積一定のどちらの条件で測定するかで大別され、本研究では圧力一定下での定圧比熱容量を測定しました。熱物性である比熱はガラスの中の原子の動きと関連すると考えられており、低い温度領域の比熱データにも過剰比熱(通常の比熱―温度曲線から逸脱するデータ)としてブロードなピーク(後述のボゾンピーク)が観測されます。
※6:ボゾンピーク
ガラスの中性子・X線非弾性散乱の低エネルギー領域において観測されるブロードなピークで、低温での比熱測定でも観測されることが知られています。ガラス中の原子の運動に関連するとされているものの、その起源は固体物理の未解決問題の一つに数えられています。
<研究者のコメント>
乱れた原子配列を持つガラスの構造研究はこれまで非常に挑戦的な研究とされてきましたが、国内外の多くの研究者のご協力の元、実験と計算、そして最先端のトポロジカル解析を総動員することによって、今回、世界一秩序のあるシリカガラスの構造を明らかにできました。本研究を通して学んだ多くのことを活かせるよう今後も自己研鑽に励み、たくさんの人の役に立つ材料開発に繋がるより良い研究を展開していきたいと思います。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Structure and properties of densified silica glass: Characterizing the order within disorder(高密度化シリカガラスの構造と物性:無秩序の中の秩序の特徴量の抽出)
著者:小野寺陽平、小原真司、Philip S. Salmon、平田秋彦、西山宣正、気谷卓、Anita Zeidler、志賀元紀、増野敦信、井上博之、田原周太、Annalisa Polidori、Henry E. Fischer、森龍也、小島誠治、川路均、Alexander I. Kolesnikov、Matthew B. Stone、Matthew G. Tucker、Marshall T. McDonnell、Alex C. Hannon、平岡裕章、大林一平、中村壮伸、Jaako Akola、藤井康裕、尾原幸治、谷口尚、坂田修身
掲載誌:NPG Asia Materials
DOI:https://doi.org/10.1038/s41427-020-00262-z