琉球大学・熱帯生物圏研究センターの松浦優助教、アラウージョ外国人研究員、沖縄大学の盛口満教授、「日本冬虫夏草の会」会員らの研究チームによる研究成果が、国際的な菌学の学術雑誌「IMA Fungus」誌に掲載されました。
<発表のポイント>
- 宮崎県延岡市、鹿児島県屋久島町、沖縄県国頭村(やんばる)に生息するクチキゴキブリ2種に寄生する新種の冬虫夏草を発見した。
- 日本では初、世界で3例目となるゴキブリ寄生菌(クチキゴキブリタケ)は、DNA解析の結果、シロアリ寄生菌を祖先にもつと考えられた。
- ゴキブリタケのみならず南西諸島には詳しい正体が不明な冬虫夏草が未だに多く存在しており、今回の研究をきっかけに謎の多い昆虫寄生菌の多様性や生活史の理解が進み、生態系の保全や応用的研究に寄与することが期待できる。
<発表概要>
琉球大学・熱帯生物圏研究センターのアラウージョ外国人研究員、松浦優(まつうらゆう)助教、沖縄大学の盛口満(もりぐちみつる)教授、そして日本冬虫夏草の会の会員は、宮崎県延岡市、鹿児島県屋久島町、沖縄県国頭村での野外調査から見つかった、2種の森林性のクチキゴキブリ類に寄生する冬虫夏草(注1、図1)を新種として発表しました。ゴキブリの仲間は世界に多数(四千種以上)が知られていますが、そのうち家屋内に出没する害虫は10数種程度で、残りはみな、屋外で静かに一生を送る昆虫です。 一方で、冬虫夏草と呼ばれる寄生性の糸状菌も世界から数百種以上が知られています。 このように、世界に多くのゴキブリ種や昆虫の寄生菌種が知られているにもかかわらず、冬虫夏草の中でゴキブリを宿主とする種はごく稀にしか見つかっておらず、今回発表される種が本邦初の記載(世界でも3種目)となります。
このゴキブリ寄生菌は18年前に宮崎県および鹿児島県でその存在が初めて報告されました。当時ヒュウガゴキブリタケという仮称が与えられ(以下、ゴキブリタケとよぶ)、日本冬虫夏草の会のメンバーが少しずつ調査を続けてきました(黒木ら 2003)。その後、屋久島のエサキクチキゴキブリでも発生を確認し(盛口 2006)、沖縄県のやんばるの森のタイワンクチキゴキブリからも類似した寄生菌が発見されました(盛口 2017)。しかしながら、これらの寄生菌の正体や相互の関係性は不明でした。そこで、各産地のゴキブリタケについて、本研究チームが形態観察と複数の遺伝子のDNA配列の解析を組み合わせて同定したところ、オフィオコルディセプス科オフィオコルディセプス属(Ophiocordyceps)の新種であることを確認しました。さらに詳しい分子系統解析の結果、スリランカで記載され(Petch 1924)、最近になってタイでも見つかったゴキブリ寄生菌種と本種が同じグループであると推定されました(図2)。次に、それらの進化過程を既知種の寄生菌の宿主の情報から復元解析した結果、ゴキブリタケ類はシロアリ寄生菌を祖先として進化してきたのではないかと推定されました(図2)。今回、沖縄島で見つかったものをタイプ標本とし、宿主クチキゴキブリ属Salganeaの属名にちなみオフィオコルディセプス・サルガネイコーラOphiocordyceps salganeicolaと命名、正式に記載しました。和名についても、朽木からキノコの先端を出している姿で見つかり2種のクチキゴキブリに寄生することから「クチキゴキブリタケ」への改名を検討しています。
ゴキブリタケの感染を受ける宿主のクチキゴキブリ類は夫婦で子育てする社会性を示すことが知られています(Maekawa et al. 2008, Osaki and Kasuya 2021)。また、過去の調査から、屋久島と沖縄県のやんばるの森で累計50個体以上のゴキブリタケが見つかっており、ほぼ全てが春から梅雨の時期、同じ朽木にすむ1または2個体のクチキゴキブリ成虫から発生していたことが観察されています。こうした生態上の記録から、ゴキブリタケは春にゴキブリ新成虫の繁殖期に合わせて感染を広げているものと考察しました。しかしながら、今回我々が提示する成果は主に限られた標本に基づく分類学的な記載であり、世界でほんの数例しか見つかっていないゴキブリ寄生菌の詳しい進化や生態を理解するには程遠い状況です。今後、より広い地域でゴキブリタケの発生状況を調査し、分子系統解析や新種記載を進めるとともに、宿主ゴキブリの研究者と連携して長期的な視点で検証実験を進めることが必要です。
冬虫夏草は薬用や害虫防除などの応用方面だけでなく、宿主の行動を操作すること(Hughes et al. 2011)や、寄生菌から共生菌への進化の発見(注2、Matsuura et al. 2018)など、これまでも多くの興味深い発見がなされてきたグループです。南西諸島を含む日本全国にはゴキブリタケをはじめとしてまだ知られざる多様な冬虫夏草が潜んでいると考えられます。同時に、温暖で湿潤な森林内に多く発生する冬虫夏草は生物多様性の指標ともなる貴重な存在だとも言えます。日本には冬虫夏草をこよなく愛し、日頃から野外調査を続ける収集家や在野の研究者が多くいることも研究を進める強みとなります。我々は菌学、昆虫学や遺伝学などの専門分野の最新の解析技術を取り入れることで、より研究を発展させていく予定です。今回の発表をきっかけに謎の多い冬虫夏草の生態や多様性の理解が進み、南西諸島の生態系の保全や応用的研究に活用されることを期待しています。
この成果は、2021年2月5日に国際的な菌学の学術雑誌「IMA Fungus」誌に掲載されました。
<注釈>
注1) 冬虫夏草: 子のう菌門ボタンタケ目に属する昆虫寄生性の菌類の総称。狭義には漢方薬としても有名なシネンシストウチュウカソウ(Ophiocordyceps sinensis)のみを指す。アリやセミなど生きた昆虫類などに感染して体内で増殖したのち、宿主を殺し、キノコとなって胞子(子嚢胞子、分生子)を放出して次の宿主へと感染を広げる。中には宿主昆虫の行動を操ったり、逆に昆虫の生存を助ける共生菌になったりする種も存在する。
注2) 産総研・琉球大学2018年6月12日プレスリリース「セミの共生菌は冬虫夏草由来 - 寄生関係から共生関係への進化を実証 -」
<引用文献>
黒木秀一、内山茂、三宅純男 (2003)「日本新産・オオゴキブリから発生した冬虫夏草について」. 宮崎県総合博物館研究紀要24:47-55.
盛口 (2006) 「屋久島からのヒュウガゴキブリタケの報告」. 冬虫夏草26: 35.
盛口 (2017)「琉球列島の冬虫夏草」ほか. 冬虫夏草 37:20-29.
Petch T. (1924) “Studies in entomogenous fungus. IV. Some Ceylon Cordyceps.” Transactions of the British Mycological Society 10: 28–45.
Maekawa K, Matsumoto T, Nalepa CA. (2008) “Social biology of the wood-feeding cockroach genus Salganea (Dictyoptera, Blaberidae, Panesthiinae): did ovoviviparity prevent the evolution of eusociality in the lineage?” Insectes Sociaux 55: 107–114.
Osaki H., and Kasuya E. (2021) “Mutual wing-eating between female and male within mating pairs in wood-feeding cockroach.” Ethology, in press.
Hughes D.P., Andersen S.B., Hywel-Jones N.L., Himaman W., Billen J., Boomsma J.J. (2011) "Behavioral mechanisms and morphological symptoms of zombie ants dying from fungal infection". BMC Ecology. 11: 13.
Matsuura Y., Moriyama M., Łukasik P., Vanderpool D., Tanahashi M., Meng X.Y., McCutcheon J.P., Fukatsu T. (2018) “Recurrent symbiont recruitment from fungal parasites in cicadas.” Proceedings of National Academy of Sciences U.S.A. 115: 5970–E5979.
<論文情報>
(1)論文タイトル:Ophiocordyceps salganeicola, a parasite of social cockroaches in Japan and insights into the evolution of other closely-related Blattodea-associated lineages(和訳:日本産の社会性クチキゴキブリ類2種から同定された新種寄生菌オフィオコルディセプス・サルガネイコーラと近縁なゴキブリ目昆虫寄生菌類の進化に関する洞察)
(2)雑誌名:IMA Fungus国際菌学会誌 International Mycological Association)
(3)著者:João P. M. Araújo*, Mitsuru G. Moriguchi, Shigeru Uchiyama, Noriko Kinjo,Yu Matsuura*
アラウージョJPM*(琉球大学・熱帯生物圏研究センター 外国人研究員,フロリダ大学),盛口満(沖縄大学 教授),内山茂(日本冬虫夏草の会),金城典子(日本冬虫夏草の会),松浦優*(琉球大学・熱帯生物圏研究センター 助教)*=責任著者
(4)URL / DOI番号:https://doi.org/10.1186/s43008-020-00053-9
<助成金等>
本研究の一部は、文部科学省・科学研究費補助金、公益財団法人発酵研究所・一般研究助成の支援を受けて実施しています。外国人研究員は熱帯生物圏研究センターの外国人研究者招へい制度によって琉球大学に滞在し、本研究に参画しました。